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ジャム・セッション 石橋財団コレクション×森村泰昌 M式「海の幸」ー森村泰昌 ワタシガタリの神話:群像的に生きること、多数的に生きること(南島興)

 《海の幸》は群像画である、ということに異論のある人はいないだろう。本展において、森村が制作した《海の幸》を下敷きとした10点の連作は、したがって群像画研究の成果であるといえる。かわるがわる、総勢85名も登場する人物たちは、それぞれ明治、大正、昭和、平成、令和の時代を象徴する場所と服装に身を包み、画面に配されている。セルフポートレートを代名詞としてきた森村にとっては、稀にみる数の他者に「なる」ことによって、生み出された作品群と言える。だが、他方ではその制作のすべてを一人で熟したというのだから、驚きである。この群像劇の連作は気の遠くなるようなセルフポートレートの積み重ねの上に成り立っているのだ。群像は群像である限りにおいて、人物たちは別人としてばらばらの個体の集合に見える。けれど、それらはすべての森村泰昌という単一の身体を拠り所にしている。群像であり、自画像。この奇妙な「デアイ」がM式の作法によって仕掛けられた謎なのであろう。


 私=森村が群像に扮する=なるまでにはこんな経緯があるという。高校時代に美術クラブに入り、絵画三昧の日々を送っていた森村青年は、おそらくその間に《海の幸》も画集で見たことがあった。そのときには気にも留めていなかったようだが、それが近年になって自らの青春時代と美術家としての活動が《海の幸》が描いた青木繁の情況と似通っていることから関心を持ち始めたようだ。この出会い直しは森村に海辺で写生をした若き自身の姿に青木を重ね合わせて、生まれ変わりであると妄想するのには十分であった。かつてはみらいとなり、みらいはかつての出来事のように経験される。こうしたハイブリットさを「コレカラカツテ」と森村は呼んでいる。正しく並べられたはずの作品歴、作家の生きる時間はいとも簡単に遠近感を失い、ふたたび再編成される。この感覚は連作において全面的に繰り広げられることになる。


 《海の幸》をもとに創作された10枚の連作は、きれいに円の形をした展示室に配されている。森村は本展に際する《海の幸》研究において、この作品内で画面右から左手に向かって直進していくように見える漁師たちが絵の両端を結ぶことで円環を結んでいること、そこから若さから老い、そして、老いから若さへと循環していくという見解を導き出している。この分析を踏まえるならば、連作はそれを多重露光された写真を一枚一枚に取り分けていったように配置して、疑似的に反復させているように見える。円形の空間は、連作全体を循環の構造のなかにおく。


 注視すべきは連作の最後である。《第10番:豊穣の海》と題されたそれには、人類の黄昏の風景が描かれている。この作品にはそれまでの時代ごとの象徴的な風俗を取り扱ってきたジャーナリスティックな視点はかろうじて温存しつつも、背景となる具体的な風景は消え、青木の絶筆を模した朝焼けの海景が挿入されている。この連作が構想されたのはコロナ流行よりも前のことであったようだが、現在進行形で作家の制作やインスピレーションに制限を与えたのはコロナ禍の状況であったことが予想される。それゆえに実際には《海の幸》を始点としてはじまった連作がそれと同じくらい終わりに位置する「豊穣の海」から始まったようにも見えるのだ。いや、そう見た方が自然であるとすら思えてくる。


 それまで描かれていた具体的な借景は失われ、急速に抽象化される背景。そこには何かが終わったというカタストロフのイメージがたぶんに込められているだろう。思えば、森村がデビューした1980年代は歴史の終焉こそが芸術制作の可能性とであると喧伝された時代であった。美術史が終わった。あとは、好きなだけ既存のイメージを盗め、そしてシミュレーションせよ。そうしたイズム/潮流には興味がなかったと語る森村ではあるが、彼の作品が今日に至るまで、ポストモダンの文脈に紐づけられてきたこともまた事実である。


 しかし、本展で提示される、終わりはそのような時代性を帯びたものではなく、普遍的に人間がもちうる老いへの意識を感じさせるものであった。それは《海の幸》の主要な人物である、2人の老人への着目にも表れているだろう。若くして自死したときの三島由紀夫の若さはとうに通り過ぎされた頃合いに新型コロナウィルスによってもたらされた死の具体的なイメージは連作を制作するにあたっての動機やその方法に大きな影響を与えたはずだ。森村が完全にひとりでの撮影を敢行した様子を撮影した監視カメラ風の映像を見てみても、それは察されるだろう。初心回帰とも説明できるそれは、しかしコロナ禍を通過しつつある我々からすれば、他者とのむやみな接触による感染、そして死を徹底的に避けるための強固なバリケードのようにも考えられるからだ。それに監視されているのは、すでに彼が感染者だからかもしれない。いずれにしても、森村は世界とは隔絶した場所に自らを置き、それを盗撮風のアングルから世界へと垂れ流している。これは自らの身に終わりが近づいていることのあからさまなメタファーではないだろうか。ひとはきっと死の前にして、生まれ変わりを想像することができる。生まれから遠く時間を経たからこそ、自らが輪廻転しうる生の可能性が身近なものに感じられてくるのだ。


 輪廻転生とは『豊穣の海』のテーマである。それは、この私が永続することを意味してはいない。別の人間として別の世に生まれ直すことを意味している。本展において、明治から令和までを象徴する85名に自身の身体をささげた森村がそれでもなお、この群像を自画像的なものと呼ぶことができるとすれば、それは人物たちがひとりの身体で演じられているという物理的な条件のみならず、死に対して「死なない」という希望的選択を回避するための方法であるがゆえ、ではないだろうか。その方法とは、多数的な生を生き直すというものである。森村の言葉に従うならば、これが「コレカラカツテ」であろう。言うまでもなく、これは俳優の生き方である。

 

会場・会期

アーティゾン美術館「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×森村泰昌 M式「海の幸」ー森村泰昌 ワタシガタリの神話」展

2021年10月2日から2022年1月10日まで

 

・執筆者プロフィール

南島興

1994年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了(西洋美術史)。これぽーと主宰。美術手帖、アートコレクターズ、文春オンラインなどに寄稿。旅する批評誌「LOCUST」編集部。https://twitter.com/muik99