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世田谷美術館(SeTaBi cafe):優雅な午後のひと時のために(伊澤文彦)

世田谷美術館は用賀駅から徒歩15分。閑静な住宅街を抜けた先、砧公園の中にある。私は、あたりをぐるりと見回してみた。ゆったりとしたケープコートにドルガバのゴテゴテしたバッグを合わせ、少年野球を始めたばかりと思しき子供達やらフワフワでモコモコの小型犬やらを引き連れた御婦人方が木陰で涼んでいる。大きくひらけた芝生の上では、青春を謳歌してございといった様子でキャッキャウフフとフリスビーを追いかけ合うカップル達がこれ見よがしに遊んでいた。なんとも余裕のある優雅な午後の時間がここには流れている。木陰で佇む御婦人方の中には、リボンが巻かれたハットを被り、パラソルをさしている人までいる。もはや、《グランド・ジャッド島の日曜日の午後》的世界観である。ここまで来たからには都会の喧騒を忘れて凝り固まった頭と体を癒すことができるに違いないし、お茶でも飲みながら優雅でのどかな午後を過ごすことができるだろう。


ただ問題なのは、美術館が混んでいたらどうしようということであり、展示を見るにしてもカフェでお茶を飲むにしても、群衆の間から作品やらメニューやらを覗き込まなければいけないようでは、優雅もへったくれもあったものではない。とにかく、優雅な午後を過ごせるかどうか、早く確認せねばならない。私は全速力で美術館へと走った。ジョギングをしていたおじさんを追い抜いて美術館に到着した頃には汗だくで髪も服も乱れまくっていた。


 美術館は、かまぼこ型の屋根を持つ建物が散らばってできており、逆三角形型の柱で支えられた細い通路が正面を横切る形で建築を繋いでいた。公園とは少しレベル差があるようで、入り口の左手に見える建物は、公園側から見ると、屋根だけが可愛らしく飛び出ているように見える。


 幸いなことに、美術館の中は公園に比べると人が少なかった。こちらとしてはじっくり作品を見られるし、ゆったりとカフェでお茶を嗜めたりできそうなので、有難いことこの上ない。私が訪れたのは平日だったので、もしかしたら人が少なかったのはそのせいかもしれない。1階の入り口から館内に入ってみる。ロビーは天井が高く、明るくて開放的な空間になっていた。かまぼこ屋根から入り込んだ柔らかい光で室内が満たされており、大理石で作られた階段が、鑑賞者を2階へと誘っている。私はロビーのエレガントさに打ちひしがれながらチケットを買った。


 館内ではコレクション展が開催されていた。展示室内には、長期休暇中の大学生カップルや散歩がてら訪れたと見られる老夫婦が1組ずついるのみである。たっぷり時間を使いながら作品と向き合えると感じた私は、うふうふ笑いながら意気揚々と展示室を進んだ。開催されていたのは「美術家たちの沿線物語」というタイトルの展示で、麻生三郎や向井潤吉といった、世田谷にゆかりのある作家達の作品を見せていくというものだった。「沿線」というのは、1907年に世田谷で最初に開通した玉川電気鉄道の沿線のことだそうで、この沿線ゆかりの作家達を紹介していくということらしい。コンクリート・ポエトリーで有名な北園克衛の作品もあり、彼の作品が好きな私はついテンションが上がってしまった。また、具体的な風景に取材した麻生三郎のスケッチを何枚か見られたのは幸運で、油絵の作品しかまともに見たことがなかった私にとって、とても有意義な経験となった。


展示室を一通り見て回った後、優雅な午後のひと時を過ごすため私はカフェに降りることにした。なぜ「降りる」のかというと、世田谷美術館のカフェ、「セタビカフェ」が地下にあるからである。こぢんまりとしたカフェは開口が大きくとられていて、小さいながらも決して閉塞感を感じさせる空間ではない。地下に降りていくとすぐ左手に扉があり、開放的なテラス席まで簡単に移動できるようになっていた。公園側からは屋根しか見えなかったけれど、地下にはこんな空間が広がっているのだな、と私が1人で感動しながらおろおろしていると、店員さんがニッコリと笑いかけてきてくれた。


カフェも展示室同様お客は少なかった。2人がけの席が10席ほどあったが、私の他にはダボっとした黒いパーカーに身を包んだ丸メガネの小柄な女性が1人いるだけだった。ヘッドホンをしながらPCで絶賛作業中の彼女は、下北沢生まれライブハウス育ちヴィレヴァンいるやつ大体友達といった風体で、頭のてっぺんから爪の先までキマッていた。対して、茨城生まれ公民館育ち公園いるやつ大体友達といった野暮ったい風体の私は、この場にいることに一抹の不安を抱えた。しかし、不安を抱えていても仕方がない。案ずるより産むが易し。私は優雅な午後のひと時を過ごすべく、居住まいを正してカウンターまで進んでいくことにした。注文カウンターまで滑るように進む。店員さんが描いたのだろう、カウンターの上に見えるメニュー表がとても可愛らしい。私はメニューを一瞥し、ケーキセット800円を注文した。他にもキッシュプレートやガレットプレート等がメニューに書かれているが、迷いはない。手際良くスマートな所作を心がける。この時、壁際に置かれた椅子の上に鎮座しているクマのぬいぐるみを見やり、「みてみて!かっわいぃ!もふもふ!」などと浮かれたJKのようにはしゃいではならない。



さて、私が内心大はしゃぎしながらクマに見惚れているうちに、ケーキセットが到着した。カモミールティーと抹茶のモンブランがお盆に丁寧に載せられている。「けえきセットだ!けえきセットだ!」などと年甲斐もなくはしゃぎたいところだが、いかにも自分はちゃんとした大人なのだというフリを装って澄ました顔でお絞りを手に取った。早速頂こう。


手始めにモンブランにフォークを突き刺して半分に割ってみると、幾重にも重ねられた茶蕎麦を思わせるような深緑色のクリームの下に、小粒のマロングラッセが敷かれていた。更にその下には生クリームの塊が突っ込まれ、それらを薄いスポンジが頼りなげに支えていた。一口食べてみると、スポンジのボソボソとした食感に、マロンクリームのざらついた感触が混ざり合い、練り込まれた抹茶のほろ苦さと生クリームの甘味が程よく調和しながら口の中に広がっていく。生クリームは決してしつこくなく、マロンクリームの控えめな甘味を邪魔してはいない。これは素晴らしい、抹茶と生クリームの宝船やぁなどとブツブツ唱えながら食事を進めていたら、丸メガネの女性がこちらをジトっと見てきたので慌てて目を逸らして居住まいを正した。相手はライブハウス育ち。こちらが公民館育ちだということを悟られてはならない。



私はこちらの動揺を相手に悟られないように、カモミールティーを一口啜ってみた。口当たりがとても良い。ふわりと鼻に抜ける香りは爽やかだ。といっても、眠気覚ましにさした目薬のような、清涼感のある爽やかさではない。初春、緑豊かな公園の木陰で佇んでいる時、時折顔を撫でてゆく風のような爽やかさである。一口啜るごとに深呼吸が行われるような、穏やかな心地よさが持続する。これぞ世田谷。優雅な大人のひと時にふさわしい飲み物に違いない。私は自分の選択に満足し、笑っているとも泣いているともつかない表情で、ふふっ、と笑った。ライブハウス育ちは既に私のことなど視界にいれず、一心不乱に画面を覗き込みながら、キィをカタカタ叩いていた。



食事を終えて外に出てみると、少し肌寒い風が私の顔を撫でた。気づけば店員は閉店の準備を始めていた。どこか遠くの方から声が聞こえてくる。どうやら閉館を告げているようだ。サブカル女子の姿も、もう見当たらなかった。テラス席の近くには何やら水が溜まっている場所があった。水は階段のようなものの頂点から噴き上がり、段差を伝ってゆるやかに落ちていくようだ。水が落ちていく様はなんとも涼しげであった。水が流れ落ちる様を見ながら、ふと、次はランチでも食べてみようかと思った。今日は行くことができなかったが、「ル・ジャルダン」というコース料理などを堪能できるレストランもある。展覧会によってはコラボメニューも用意されているようだ。美術館の一階から、公園の風景と豪華な食事を堪能しながら優雅な昼のひと時を過ごすのも悪くない。公園に続く階段を上りながら、ふと店の方を振り返ってみる。クマのぬいぐるみの姿はここからは見えないが、まだ椅子の上に鎮座しているのだろうか?次会う時は、少しだけ触れてみたいと思っている。もふもふ。

(画像は全て筆者撮影)

世田谷美術館 :「SeTaBi cafe (セタビカフェ)

営業時間 : 10:00-18:00(ラストオーダー 17:30)

定休日 毎週月曜日

・執筆者プロフィール

伊澤文彦(いさわ ふみひこ)

横浜国立大学大学院都市イノベーション学府建築都市文化専攻在籍中。主に日本の現代美術を研究しています。演劇活動もします。