宮城県美術館「全館コレクションで魅せます 美術の時代」(前期):重なりあう抽象画と宮城からのまなざし(北本聖月)
- これぽーと

- 7月16日
- 読了時間: 8分
宮城県美術館
2026年6月20日から7月12日(前期)/ 7月15日から8月23日(後期)
北本聖月
仙台出身・在住の、英日・日英翻訳者。アートナビゲーター。アメリカの大学で美術を専攻。訳書『美術のシンボル事典 世界の名画を読み解くための48の手がかり』(翔泳社)。note
モスクワと仙台、互いに遠く離れた場所に生まれた画家の情景が重なり合う。展示室の一角で、異なるものたちのエネルギーが作品を通じて衝突し、融和する。休館中は収蔵庫で大切に保存されるか他館へと貸し出されていたコレクションが、再び展示室に集い、新たな物語を紡ぎ始めている。
3年の改修期間を終えた宮城県美術館では、リニューアルオープンを記念する特別展「全館コレクションで魅せます 美術の時代」が開催されている。通常の常設展よりはるかに多い作品数でコレクションの魅力を披露するだけでなく、館全体の展示室を順路に組み込むことで改修後の美術館を見てもらおうという、大コレクション展である。
宮城県美術館のコレクションにはいくつかの特色があるが、カンディンスキーやクレーをはじめとするドイツ表現主義の作品群がひとつの軸となっている。「抽象絵画の父」ことカンディンスキーの作品は前期のみの展示なので、今回はカンディンスキーの絵画から出発し、多様な抽象表現に注目して辿っていくことにした。
2階:1940年代まで
最初に足を止めたのは、カンディンスキーの《「E.R.キャンベルのための壁画No.4」の習作(カーニバル・冬)》(1914)。あちこちに垣間見える暗い青や緑、あるいは黒っぽい塊から、鮮やかな色彩を持ったさまざまな線と形が溢れ出し、暖かい光のなかで踊っている。上のほうで赤と黄色と青と緑が滲みあう太陽が輝き、右下では赤い船が帆走し、船の後ろに立ち上がる水色の塊は、太陽の光を受けて荒ぶる大波にも見える――しかし船の左上に浮かぶ赤い扇形や、そこから伸びる線、その先の鮮やかな橙色など、ほとんどの要素は謎めいていて、自分が知っている何かに結びつけることはできない。
絵の中で踊るさまざまな形は画面の中央に集まっていて、周縁には、ぼんやりとした黄色い光がにじむだけの〝余白〟がある。この暖かい黄色が、中央に集まって躍動する塊を包み込み、その全体を絵の中に閉じ込めている。この〝余白〟は、この画面がもっと大きな世界の一部を切り取ったものではないことを示している。何かが枠の外へ出ていこうとする、あるいは外から何かが入ってこようとするような気配はない。この世界はこの画面の中にだけあり、これがこの世界の全体なのだろう。

神原泰の《あるペシミストの手記 第1番》(1923)は、ひとつひとつに画家の意思を感じる太いストロークで構成されている。深い緑に覆われた山と山の間を、朱の混じった鮮やかな黄色が満たしているが、夕日とも炎ともいえないその光が、この絵が心象風景であることを示唆している。さきほどのカンディンスキーの絵では、黄色の〝余白〟が画面全体を包み込んでいたのに対し、神原の絵の周縁は、ほとんどが濃い緑のような色で塗りこめられている。
しかし神原の描いた情景が、カンディンスキーの絵の世界のどこかに存在するものであるかのように思えてくるのは、両者に共通する暖かみのある黄色い光のせいだろうか。カンディンスキーの絵の中に閉じ込められていた世界のどこか一点を拡大していったら、この濃い緑の山々に囲まれた景色が見つかるような気がした。
神原は仙台で生まれた。地元で生まれた画家の描いた風景が、遠くモスクワで生まれた画家の描いた世界の一部であるという発想は、宮城県美術館の展示室で作品を見比べたからこそ生まれたものかもしれない。
次に、カンディンスキーの《活気ある安定》(1937)と久しぶりに対面した。部屋の間取り図に似た図形を細い線で描いたこの作品は、同じ部屋にある吉原治良の《作品》(1936)と見比べてみても面白い。吉原の《作品》の左右にある丸括弧のような曲線は、その間にある要素が文字や概念の記号化である可能性を示唆しているが、それぞれの要素に明確な意味があるかは読み取れない。中央が膨らんだ緑色の柱や、白さが際立つ大きな楕円、瞳孔が細長く絞られた瞳のような円形はどれも、ぴんと張った黒く硬い糸で固定されているようにも、弾力のあるゆるやかな力で支えられ浮遊しているようにも見える。指で弾けば、大きく振動したあとで同じ場所に戻りそうだ。この絵にも、「活気ある安定」が見出せる。

1階:1950年代~現代
1階では、戦後日本の前衛美術に圧倒されるが、ここにもカンディンスキーの絵と重なる作品がいくつかあった。難波田龍起の《黒と赤》(1959)では、淡い青が囲む四角い画面の中央で、黒い線が、明るくにじむ光のような色彩を切り裂いている。そこにはっきりとした形を見つけることはできないものの、踊るような色彩や、周縁に〝余白〟があって画面中央に線や色彩が集まる構図は、先ほど見たカンディンスキーの《「E.R.キャンベルのための壁画No.4」の習作(カーニバル・冬)》に共通している。山口長男の《重なった矩形》(1959)では、黒地の上で複数の緋色の四角形が重なっている。べた塗りのシンプルな形が生み出すどっしりとした安定感と、わずかな傾きや非対称性が画面に与える動きが、カンディンスキーの《活気ある安定》を思い出させる。
白髪一雄や田中敦子、江見絹子らの絵に囲まれた一角は、作品の力がぶつかりあい、溶け合う、心地よい空間だった。白髪一雄や田中敦子、元永定正ら具体作家の絵画が並ぶ壁は、展示室の反対側にいても圧倒されるような力強さがある。一方で江見絹子の《作品》(1961)には、吸い込まれるような奥行きと、具体の作品のエネルギーをも押し返すような静かな力をたたえている。
この空間の中央にあったのが、昆野恆と堀内正和の立体作品だった。昆野恆《さげたもの》(1966)は、タイトルのとおり天井からつり下げられている。放射状に蛇腹折りした和紙を繋ぎ合わせたそれは、中身の詰まった彫刻のようにも見える。白い壁に並ぶ個性的な絵画のあいだを取り持つように、静かにそこに浮遊していた。仙台出身である昆野の彫刻作品は、仙台駅前にも佇んでいる。
床に固定された支柱の上に、大小の穴があいた箱が載ったブロンズ作品は、堀内正和のもの。「のどちんことはなのあなみたいだな」と思ってからタイトルを見たら、《のどちんことはなのあな》(1965)だったので、気が抜けてしまう。エネルギーの塊のような絵画が囲む空間では呼吸すら忘れそうになるが、このユーモアが作る隙から、心地よい風が吹いてくるようだった。

地下1階
今回の改修で最も注目していたのは、地下1階に新しくできた「見える収蔵庫」だ。所蔵品が増え続ける一方で、スペースや予算は限られており、そのキャパシティが限界に近い美術館や博物館は多い。また、一度に展示できる作品はほんの一部で、その多くは収蔵庫で眠っているという現状がある。所蔵庫に関するこうした問題・課題へのアプローチのひとつとして、近年、国内外で同様の取り組みが採用されている。
たとえば、巨大な鏡張りの外観が特徴的なオランダのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館は2021年に「デポ・ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン」を、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館は2025年に「イースト・ストアハウス」をオープンした。どちらも大規模な〝見せる収蔵庫〟である。日本では、2024年に竣工した東京藝術大学大学美術館の取手収蔵棟が、「魅せる収蔵庫」のバックヤードツアーをほぼ毎週実施している。宮城県美術館でもこうした動向を受けて、「見える収蔵庫」が新設された。
地階へと続く、これもまた新設の螺旋階段を降りるとガラス張りの壁があり、その向こうには確かにスライド式の絵画ラックが並んでいた。ただしガラス越しに見えるのはせいぜい数メートル先までで、その全容はわからない。「洲之内コレクション」の説明があるから、おそらく現在見えているのは同コレクションの作品なのだろう。
ガラス越しに見える位置にある絵画ラックは、一定期間ごとに何らかのテーマに沿って所蔵作品を入れ換えていく場所になると予想される。だとしたら鑑賞者にとって、常設展の展示室と「見える収蔵庫」の違いは何だろうか。常設展の出品作がコレクション全体のほんの一部であることや、美術館には展示のほかにコレクションの収集・保存という大事な使命があるということを来場者にわかってもらうためには、単なる展示空間のひとつで終わらないような活用が求められると思う。
そのための取り組みだと捉えられる「見える収蔵庫体験」が、7月と8月に予定されている。収蔵庫の中で学芸員から作品の保存などに関する話を聞けるので、参加すれば「見える収蔵庫」の狙いや全貌をより深く知ることができるだろう。参加は抽選制で、7月の回は落選してしまったが、藝大の取手収蔵棟のように今後も定期的に開催してもらいたい。

最後に待ち構えていたのは、野見山暁治の正方形の油彩画だった。それははじめ、何らかの風景が見えるような絵ではなかった。底知れない不気味さに惹かれて、抽象的な絵としてしばらく眺めていたが、制作年を見ると印象は一変した。《ぼくは信じない》と題されたこの絵は、2011年に制作されたもので、野見山は「見たものを描いている」と述べているという。東日本大震災の数か月後に被災地を訪れたという野見山は何を見て何を描いたのか。さきほどまで鮮やかだと思っていた青が、とたんに恐ろしいものに見えた。
リニューアルオープンを記念した本展「美術の時代」は、前期が6月20日から7月12日、後期が7月15日から8月23日まで。展示替えで大きく出品作品が変わるため、後期もまた足を運びたい。

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