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広島市現代美術館:作品が鑑賞者ないしは社会に干渉するために必要なこと(岡田蘭子)

美大を卒業後、IT会社に勤めながら美術鑑賞を趣味とする岡田蘭子さんに広島市現代美術館のコレクション展をレビューしていただきました。今回、広島の美術館を取り上げるにあたって、岡田さんからコメントをもらっています。


「きっかけは『肖像(わたし)』展で、属する人や場所、活動によって変容するアイデンティティを、美術ではどのように解釈してどう表現するのかに関心があり本展に興味を持ちました。また、私の祖父が長崎出身の戦争体験者というのもあり、同じく被爆都市である広島はいつか行ってみたい土地でもあり、惹かれる理由が2つそろったので広島現美に赴きました。」


みなさんにとってある美術館が特別であるように、岡田さんにとってもこの広島の美術館は、重要な場所であったようです。展示とともにそのような自らの個人史を振り返るきっかけにもなったのかもしれません。それでは、ぜひレビューをご一読ください。(南島)

 平和記念公園からほど近い、緑豊かな比治山公園内に広島現代美術館は在る。原爆の惨禍から復興した市街地を一望できる立地に建ち、収集・保存されている作品もまた、被爆都市として世界恒久平和の実現を目指す都市の表象としての「ヒロシマ」を色濃く感じられる作品が多い。


参考:1.広い分野からの作品の収集・保存|広島市現代美術館について|広島市現代美術館


 本展は自館のコレクションを活用した展覧会で、前半が「肖像(わたし)」と題した特集展示、後半は「コレクション・ハイライト」の2部構成となる。前半の「肖像(わたし)」展は、現代美術における肖像表現を取り上げており、多彩なメディアと素材で表現される肖像から、現代のアイデンティティの曖昧さと不確実な「わたし」を考えることがテーマだ。後半の「コレクション・ハイライト」展は、被爆75年という節目の年に、ヒロシマの惨禍と復興の軌跡、平和への希求といったテーマがどのように美術作品にあらわれてきたかをたどる展示となっていた。特徴的だったのは、ところどころにヒロシマを想起させる作品がちりばめられていたという点だろう。


 「肖像(わたし)」展の入り口、最初に目に入るのは船越桂の《言葉の降る森》(1989年)。具象的な人物像が見つめる目は、合いそうで合わない。作家・船越桂の言葉「遠くを見つめる眼差しの彼方にあるものは自分自身かもしれない」(船越桂『言葉の降る森』角川書店、1998年)を思い出しながら本展のテーマである「わたし」の存在を模索しに足を踏み入れた。展示室内には、アイデンティティをテーマにした展示ならではの性別や国籍、外見と内面の関係、痕跡、時間から「わたし」を見つめる作品が並んでいた。


参考:2020-Ⅱ コレクション・ハイライト+特集「肖像(わたし)」|展覧会|広島市現代美術館


 なかでも、太田三郎の《POST WAR 46-47》(1994年)に、私はヒロシマを感じた。郵便切手と消印を用いた作品で知られる太田三郎の作品《POST WAR 46-47》(1994年)は、一見ふつうの切手に見える。しかし、切手のモチーフは第二次世界対戦で戦地に行って帰ってこなかった兵士たちだ。戦地から戻ってこない彼らを探すために、家族たちが新聞に載せた写真を切手のモチーフに用いている。彼らを探した記憶を風化させないようにと、作家は日用品である切手に記憶を留めたのだろう。モノクロで印字された人物はまるで著名人の切手のようで、歴史的に知っていなければいけない感覚すらあり、どこか心理トリック的な要素のある見入ってしまう作品だった。


 「肖像(わたし)」展を見終わり、階段を降りて向かったのは「コレクション・ハイライト」展。ヒロシマの惨禍と復興の軌跡、平和への希求といったテーマに沿ったコレクション作品が並ぶ。会場は、とても静かだった。作家も表現技法も多様であれば、もっといろんな音がするはずなのに。逆位相の音波同士が打ち消し合って音を消失するかのように作品同士が干渉し合い、音がない。本展にはそんな空気がながれていた。


 作品自体は、ポップな配色を使ったユーモアを用いて被爆の実態との距離感を大事にした作品が集結していた。とくに印象に残ったのは、浜田知明の銅版画《ボタン(A)》(1988年)だ。三人の男が横一列に着座しており、右から順にボタンを押すポーズを取っている。右の男は体格が大きく、権力者のようだ。真ん中の男は口角が上がりどこか楽しそうだ。左の男は頭に袋のようなものを被り、おそらく何のボタンかも見えていないし、分からずに押そうとしている。権力者によって引き起こされる原爆の脅威を見事に表現している作品で、展示室に入ってすぐ目に止まった。これはあとで知ったのだが、浜田は戦争体験者だった。


 本展を見に行ったあと、広島平和記念資料館にも赴いた。正直、戦争体験者の語る実態の方が心に来るものがあった。しかし、悲惨な実態を永遠に受け止めるにはつら過ぎる。だからこそ、被爆の実態と距離を保つことが、鑑賞者ないしは社会に干渉するために必要なのだろう。その距離感ゆえか、広島の街も広島現代美術館に並ぶ作品も、どこか時が止まっているような静けさがあった。


 現在、広島現代美術館は改装工事のため休館中だ。2023年春まで広島現代美術館での展示はおあずけだが、外部施設でコレクション展を催したり(館外コレクション展 A. 市内編「どこかで?ゲンビ」)、工事の様子をInstagrams(広島市現代美術館 工事日記)で発信したりと、休館中とはいえ目が離せない美術館だ。



会場・会期

広島市現代美術館

特集「肖像(わたし)」展

2020年8月6日から11月29日まで


コレクション・ハイライト展

2020年8月6日から11月29日まで


・執筆者

岡田蘭子

1985年生まれ。女子美術大学大学院美術研究科修士課程修了。都内IT企業勤務。趣味は美術鑑賞。美術と生活の接点となる取り組みに関心があり、その一環として美術鑑賞を楽しむ人を増やす活動に賛助したい想いがあり、「これぽーと」に参画。