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横須賀美術館:光と影を包み込む美術館と谷内六郎(塚本健太)

 東京駅から電車に揺られて約1時間。横須賀・浦賀駅に着く。駅からほど近いところに防衛大学校があり、土曜日だからか、防衛大生の姿がちらほら見える。ここが今も軍事的に重要な拠点であることを思い出す。

 そして、バスでしばらく行くと観音崎に到着する。浦賀はペリーが最初に来航した場所として知られている通り、東京湾の要所である。そのため、ここには江戸時代から台場が築かれ、明治時代に入ると洋式灯台やレンガ造砲台が次々と整備された。現在は県立公園として整備され、砲台の跡地を見たり、灯台には上ったりすることができる。

公園の中を歩いていると海辺に見えてくるのが、横須賀美術館である。公園側からアプローチすると、美術館の屋上テラスにつながっており、そのまま海の向こうの水平線につながるような感覚になる。

美術館外観(画像提供:横須賀美術館)


 美術館の建物に注目してみると、外側がガラス、内側が鉄のダブルスキン構造(二重構造)になっていることがわかる。これは、塩害のためコンクリートを使用できないことが理由であるまた、内側の鉄は造船技術を用いて角をとったつくりとなっていて、展示室の中に奥行きを持たせていることがわかる。


 さて、現在横須賀美術館で行われている所蔵作品展は、今年で生誕100年を迎える、谷内六郎の展覧会である。

 私は初めて名前を聞いた画家であったが、昭和を生きた人なら誰しもが目にしたことがある画家だといわれている。そう、谷内は1956年創刊の週刊新潮の表紙絵を1981年に亡くなるまでずっと描いていたのだ。

 美術館の近くにアトリエを構えていたこともあり、ここにはその原画のほとんどが収蔵され、谷内六郎館も設けられている。この展覧会では本館を使い、5つの章立てで谷内の生涯を追うように作品を見ることができる。

 谷内は幼いころから絵が好きだった。しかし、持病の喘息のためにたびたび学校や職場に行くことができなかった。高等小学校を卒業し、14歳で働き始めたあとも入退院を繰り返しながら、たびたび漫画やカットを投稿していた。それに目を留めた編集者伊藤逸平の助力で文藝春秋に掲載。その作品が、1955年に第一回文藝春秋漫画賞を受賞したことを機に谷内は時の人となった。

 彼は「生涯子どもの目線でいたい、子どもの描くような絵でありたい」という思いのもと、制作したことに特徴がある。子どもの時に感じたこと、大人になってから出会った子どもたちの思いを大切にし、それを丁寧に作品にしている。


 谷内は週刊新潮の表紙だけでなく、中吊り広告やカレンダーなども担当していた。原画とともに実際の中吊り広告も展示されているが、谷内の絵の上には毒々しい文言が渦巻いていたのが印象に残った。例えば、1974年5月9日号には、「五月二十二日に何が起る--医師国家試験合格者発表でわかる『裏口入学者』『問題漏れ』の実相」「2億円詐欺の『広島の奥村』に貢がれていた『色男』の言いぐさ」といった言葉が見られる。

『週刊新潮』中吊り広告原画《(丘の上のピクニック)》1974年、個人蔵 ©Michiko Taniuchi


 ここで気づいたのは、谷内六郎の絵画が、周りの生々しさを包み込んでいるという構造である。週刊新潮の紙面には、人間のあらゆる欲望が詰まっている。谷口の絵はこうした欲望を中和するような働きがある一方で、子どもという存在、視点から世の中を問う姿勢が見える。

 そして、この美術館も横須賀という土地の生々しさを包み込んでいる。しかし、包み込んでいる「だけ」のように思うことがあった。

 この美術館に来る前に、地元の食堂でご飯を食べた際、店員さんがしきりに海のほうに目を向けていた。話を聞いてみると、つい先ほど、米軍の原子力空母ロナルド・レーガンが帰港したのが見えたという。「巨大だから、すぐにわかるんだよね」と話す姿から、現在も生きた軍事基地と隣り合わせで生活する人々を感じた。

 そこで考えたいのは、この美術館は、こうした横須賀の現状を反映しているものなのだろうか、ということである。横須賀の造船技術やその歴史にリスペクトを払いながらも、海を借景とする美しい建物として建てられているにとどまっているように見えた。長野県立美術館のように周囲に溶け込むような設計をされているけれども、どこか違和感を覚えたのにはこうした理由があるからかもしれない。

 もちろん、企画展として、2019年に「ヒコーキと美術」「横須賀海軍航空隊と秋水」が開催され、こうした展示を通して横須賀の生々しさを見せてきたのだと思う。しかし、そうした時以外でも来館者に対して「きれいな美術館だったね」で終わらせない仕組みがあると、横須賀美術館がここにある意義がより大きくなるのではないか、と感じた。

参考文献

横須賀美術館『谷内六郎コレクション120』 第3版

会場・会期

横須賀美術館 「第3期所蔵品展 生誕100年 谷内六郎展 いつまで見ててもつきない夢

2021年9月25日(土)から12月12日(日)まで

・執筆者プロフィール

塚本健太

東京都立大学 都市環境学部 都市政策科学科に在籍。研究テーマは都市計画・都市解析。学芸員資格課程を受講中。政策科学は行政が行う政策を理論で支える学問ですが、しばしば数値化できない価値を低く見がちです。美術館などの文化系施設もその一つでしょう。効率化だけでは表すことのできない「場」としての価値を考えていきたいと思います。 伝統工芸学生アンバサダーとらくらとしても活動中。