大澤 今回、博物館法が改正されますよね。それが私のような人にとっては追い風かなという気がしています。
南島 丁度さっき概要を読んでました。
大澤 あ、本当ですか。私も不勉強なところがあって、いろいろな方にお話を伺ったり勉強をしています。今回の法改正における「観光」って「文化観光」じゃないですか。
南島 そうですね。
大澤 「観光」じゃなくて「文化観光」だから、文化理解をベースに観光をフックにして、文化理解を深める文化観光推進法がベースじゃないですか。だから、私みたいな外側からミュージアムグッズを通じて引っ掻き回そうぜとか、巻き込んでいこうぜと考えている人間には、結構追い風かなって気もしていて。
南島 美術館が利用しやすくなるのかもしれないですよね。
大澤 そうなんですよね。今まで博物館の中だけで完結させていたことを、外部の専門家を巻き込んでやりましょうよと。法律として多様化する博物館のありかたを整えたという受け止め方を私はしています。
南島 地域の多様な主体との連携で文化観光は成立するのですが、その多様な主体の一人が大澤さんだったりするんですよね。
大澤 そうなんですよ。私みたいな外側の人間をもっと使ってほしいとか、無理して全部中だけでやらなくて良いんだよというところで、何かもっとアプローチできたらなと思いました。
南島 ミュージアムが地域連携の網の目の中に入って行って、色々な人と連携して、文化理解を深めるような観光の拠点になっていく。
大澤 そもそもICOM京都大会のテーマが「Museums as Cultural Hubs: The Future of Tradition(文化をつなぐミュージアム ー伝統を未来へー)」で、ミュージアムがカルチャーのハブになるという話でした。今回の博物館法の改正もそれを受けているという話も聞きましたし、私みたいな外部の人間だったり、それこそクリエイティブなことをしている人たちだったりを、もっと博物館に巻き込むことができたらなと思っているんですよね。
南島 そして今回の博物館法改正には、デジタルアーカイブに取り組む旨も盛り込まれましたね。これも内側にアーカイブしているだけでなくて、ちゃんと開いてみんなが見れるように順当に整えていきましょうということだと思うんですよね。
大澤 そうですね。
南島 つまり作品や資料のデータベースをデジタルベースで公開していきましょうということと、地域の多様な主体と連携してというのは同じ方向性を向いていて、つまり「ミュージアムを開きましょう」ということだと思うんですよね。
大澤 うんうん。
南島 ただ、慣習的に日本のミュージアムは内に情報を溜めこんでいく性質がある気がします。そこを変えるのになかなかこれまでもずっと時間がかかっているのかもしれない。
大澤 そうですよね。さっきの予算の取り方をもうちょっと上手くやれないかとか、展覧会に付随したミュージアムグッズの作り方しかできなかったけど、もっと新しいやり方がないのかという点で、外部から良いアプローチをするための追い風かなと。南島さんは特に、『LOCUST』を作ってらっしゃるから、伝わるかなと思ってお話しますけど。
南島 はい。
大澤 私は、博物館の中の人の「観光」のイメージが、アップデートされていないんじゃないか、という疑念があって。
南島 なるほど。
大澤 観光学という学問分野もあるんだし。だからこの機会に「観光」をちゃんと考えるべきではないかと思うんですよ。
南島 現代のグローバル化している時代において、あらゆる文化は観光無くして成立していませんよね。
大澤 地方にいると特にそう思う。
南島 だからそのレベルで言ったら、「観光」は、我々が何か文化的な発信をするときは絶対に前提としてある。だから作品そのものが人と物と情報の移動によって成立しています。このグローバル社会において観光無くして文化は無いですよね。観光か否かではない。
大澤 そうそう。観光か否かじゃないよって思う。
南島 日本の美術館は内側のコレクションや美術史をよく知っている熟練の学芸員がいて、その知見を活かして展覧会が成立しているのだから、そこに外部の人が入ってくるのは…まあ、お茶を濁すくらいだったら良いんですけど、それこそ何か、悪い意味で言ったら「ミュージアムグッズくらいだったら良いけど、本丸の部分には入ってこないでね」みたいな。
大澤 「踏み込んでこないでね」みたいな。
南島 そういうのは、慣習としてかなり根強くある気がします。それはそれで専門家のプライドではあるとは思うんですけど、そういう人からすると博物館法の改正が、専門化軽視と見える。でもコレクションを展示活用するなり、展示活用してその価値を将来の世代に伝えていくミッションを叶えるには、学芸員の専門知識を持っている人しかできないかというと、多分そうではない。多分そう思っていること自体が一つのバイアスではあって。
大澤 そうね。
南島 それはそのようにこれまでやってきたからであって、美術作品やコレクションを利用するのは学芸員じゃない人たちもそこに参加して、使えるようになって行くことはあり得ると思う。特に展示物活用とか、作品の価値を外に伝えていくって言う所に関しては、その学芸員が持っている知識だけじゃない色々な知識、経験、知見を持っている人がそこに参入してきた方が、より良いと思います。どっちかというとぼくが学芸員として働いていて思うのは展示活用の仕方は必ずしも学芸員でなくても思い付くし、むしろ外部からいろいろな人が参加してきて、それこそミュージアムグッズを考えてみたいして、いろいろな活用の仕方がされるほうがいいと思います。じゃあ、学芸員の専門性がどこにあるかというと作品を保存をするためのハンドリングにある。あらゆる人が作品を活用できるように守っていくことですね。ものがなければ、活用もなにもありません。それでつぎに問題となるのは博物館法改正でいえば、外部の様々な主体によるコレクション活用をどうハンドリングするか、ということになります。もしかすると、未来の学芸員の仕事はコレクション保存のハンドリングと外部からの活用のハンドリングの二つになるのかもしれません。いや、もうすでにそうだと言ってもいいと思います。
大澤 現場の人たちの不安はどこにあるのだろうと考えると、活用されることへの不安もあるだろうし。あとは独立行政法人化以降、今の大学のような厳しい状況に博物館も置かれたらすごく嫌だな、という部分がすごくあるんじゃないかと思います。博物館も、予算取りも含めて生き残りをかける方向に舵を切らないといけなくなっている状況に対して、不安や反発がある気がしています。限られたパイを奪い合わないといけないんだというところへの不安を感じます。本当は予算の天井があるのなら、それをもっとあげないといけないという話なのだけど、その話のちょっと前の、パイの取り合いへの不安があるのだろうなという気もします。今回の改正には直接は書かれていないけど、そういうところを直観的に感じる不安もあるだろうな。だから、わたし、「博物館法改正ナイト」をやりたいんですよ(笑)。改正側の審議委員から誰か呼んで、現場の不安をコメント集めて、改正で何が変わるのか、現場の不安にどう応えていくのか、本当はやりたいです。
南島 それはあるハードコアな需要はありますよ。
大澤 法律が変わることで、それが分断になったら嫌だなと思っています。みんな一団となって、文化の生き残りみたいな時代になっていくかもしれないっていう不安もあって。
南島 すごく広い見方をすれば、そもそも文化の発信拠点としていま美術館が博物館法改正関係なく存在しているのかどうか。
大澤 2019年のICOMのテーマを知らない人もいらっしゃるでしょうし、世界の美術館の流れについていく余裕のない学芸員さんも多いじゃないですか。そういうのもどうしたらいいのか。課題だらけだなと思いながら。
南島 そういえば、横浜美術館は野村総研と共同開発したコレクション紹介のウェブアプリケーションを発表したんですけど、これはまさに外部の人と組んだコレクション活用の一事例ですよね。これは休館中なので、企画展ではなく純粋に横浜のコレクションにだけ結びついたサービスと言えます。あと野村総研の本社が美術館のすぐ近くにあるので、地域連携でもあります。みなとみらいには大手企業の本社が多く集まっているので、それらとの連携もいろいろ考えていけるんでしょうね。
大澤 いいな。それこそ、コロナ禍で博物館のプログラムもオンラインやデジタル化しましょうとなった時に、結局、映像をYouTubeで公開するレベルに留まっているのはもったいなくて。オンラインやデジタルを通じた博物館利用は、クリエイターを挟めばもっと色んな事ができるのにと思うときもあったので、これはコレクションに直結していていいですね。
南島 誰でもどこでもコレクションに触れられますし、あと教育現場のDX化にも使えるはずなので、そういう展開をしていけるとよいと思っています。こうした活動の副産物としては、内部での新しいコミュニケーションを生み出す効果も期待できると思います。どの組織もそうだと思いますけど、内側にそもそも多様な人がいないと業務関係以上のコミュニケーションは生じづらいんですよね。別の人がいて互いの差について話すことができます。だから、もっと普段から美術館に外部から別の専門性を持っている人が一週間働きにくるみたいな制度があったら面白い気がします。逆もしかりで。
大澤 確かに私みたいな人がミュージアムの中に行くと、関係者の方は自分たちのコレクションについてすごく熱心に語ってくれたりするんですよね。私もそれを聞いてすごい面白いし、内側の素敵な部分を伝えてほしいし、私はそれをワークショップという形などで実現させたい。外部の人間がミュージアムの中に行くことで、中の人たちがもっと伝えたいことを発信しやすい場になればいいなと思います。
南島 大澤さんがメディアじゃない人ってのも重要かもしれません。メディアが記事を作るからそのために受け応える、じゃないスタンスで喋るというのがいいですね。ある意味、大澤さんは変な人。
大澤 そうそう、よく分かんない人(笑)。
南島 でもそういう人が多様な主体と呼べるはずで、一般的なメディアではない、これまでの美術館からすると変な人たちが参加していくというか、接触していくと面白いと思います。
大澤 メディアだとどうしても取材対応になっちゃいますからね。私はアウトプットも謎だし、本だけ書いているわけでもないし。みんなでものをつくることもあるし。そもそもミュージアムグッズってなんだろうね?という根本をこねくりまわす仕事もしてるし。だから、そういう意味では謎です。立ち位置は決めているところはありますけど。さっきワークショップの話をしたときは、私みたいな存在はこっちの見方かもって思ってくるかもしれないし、博物館側にとってはこの人になら話したいと思ってもらえる人かもしれない。良い意味で両方に石ぶん投げられる人、刺激を与えられる人がもっと多様に参画していったら面白いんだろうなって気がしていますね。
南島 あとはそういう人がリスペクトされる社会になるべきですよね。
大澤 そうですね。そういう舞台にひとつ博物館がなるといいなと思います。
・執筆者プロフィール
大澤夏美 北海道の大学でメディアデザインについて学ぶものの、卒業研究で博物館学に興味を持ち、元来の雑貨好きも講じて卒論はミュージアムグッズをテーマにしました。大学院でも博物館経営論の観点からミュージアムグッズを研究。現在も全国各地のミュージアムグッズを追い求めています。
南島興 1994年生まれ。東京藝術大学美術研究科博士課程在籍。20世紀美術史を研究。旅行誌を擬態する批評誌「ロカスト」編集部。ウェブ版美術手帖、アートコレクターズ、文春オンラインなどに寄稿。全国の美術館常設展レビュー企画「これぽーと」代表。
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