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ひろしま美術館:「愛とやすらぎ」の美術館で鑑賞するフランス近代絵画(山本知恵)

はじめに


広島県庁や広島市民病院、そごう広島店などの大型商業施設が林立する広島市中心部の一角に、ひろしま美術館がある。賑やかな街中にありながら、一歩ひろしま美術館に足を踏み入れるとまるで別の時間が流れているかのような静けさと安らぎに包まれる。これはこの美術館を取り囲む広島市中央公園の豊かな緑や、穏やかな鳥のさえずりのせいなのかもしれない。


 しかし歴史をひもとくと、この辺りにいつも穏やかな時間が流れていたわけではないとわかるだろう。原爆ドームからもほど近いこの辺りには、戦時中旧陸軍の施設が立ち並んでいた。そして原爆投下時に爆心地から1キロ以内であったこの地では、多くの人々が犠牲となったという。


 今回は、復興の道半ばで「愛とやすらぎのために」をテーマとして設立されたひろしま美術館を紹介したい。ひろしま美術館の学芸員農澤美穂子さんから美術館の由来や作品収集のコンセプトについてのお話を伺ったので、それを元にひろしま美術館の魅力について考えてみようと思う。


1.フランスや日本の近代絵画をコレクションしているひろしま美術館

ひろしま美術館本館


ひろしま美術館は1978年に設立された。原爆投下により廃墟と化してから30年余が経った当時の広島は、終戦直後の激しい混乱と高度経済成長期を経て、いつしか心の喜びと安らぎの場を求めるようになっていた。


 そんな折にできたのが、広島銀行の創業100周年を記念して設立されたひろしま美術館である。ひろしま美術館の初代館長井藤勲雄は広島銀行の頭取を務めた人物で、戦後に自らが美術作品に癒された経験から芸術の力を持って地元広島の復興に寄与したいと考えた。そして世界の名画を広島で見られるようにという考えのもと、印象派をはじめとしたフランス近代絵画を中心に、それらから影響を受けた日本近代の洋画・日本画をコレクションする美術館が誕生する運びとなった。


 学芸員の農澤さんによると、ひろしま美術館はこれからもコレクションの特徴を生かして西洋美術が日本美術に与えた影響について研究や展覧会を行っていくという。


 ひろしま美術館には、原爆ドームをイメージしたドーム型の本館と、年に数回行われる企画展の会場となる別館がある。本館を取り巻く回廊は世界遺産厳島神社の回廊をイメージして造られており、敷地内の樹々や彫刻が訪れた人々を癒している。


2.フランス近代美術を展示するひろしま美術館本館

本館展示風景


ドーム型の本館では、印象派を中心とするフランス近代絵画を常設展示している。中央にあるホールにはマイヨールの彫刻や素描が展示される。そして、ホールの周りを取り囲む四つの展示室はそれぞれ「ロマン派から印象派まで」「ポスト印象派と新印象主義」「フォーヴィスムとピカソ」「エコール・ド・パリ」の部屋となっている。


 ただし、私が訪れた際には別館で開催中のコレクション企画展示「花と静物」との関係で、一室が日本近代洋画の展示室となっていた。折々の企画に合わせて変更しているそうだ。今回は、展示中の作品を鑑賞しながら画家たちがどのように影響を与えあったのか考えてみた。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ドービニーの庭》1890年


 こちらはゴッホが腹部を拳銃で撃って亡くなるわずか2週間前に制作した、大変貴重な作品《ドービニーの庭》である。当時ゴッホは37歳であった。《ドービニーの庭》はひろしま美術館の目玉ともいえる作品で、今回私がひろしま美術館を訪れたのもこの作品を観るためだといっても過言ではない。いかにもゴッホらしいうねるようなタッチと鮮やかな色彩で、敬愛していた画家ドービニーの邸宅の庭を描いている。


 ちなみに、ひろしま美術館が開館30周年を迎えた際には、吉備国際大学の協力のもとで《ドービニーの庭》に対する最新機器を用いた科学的調査や文献調査があらためて行われた。その内容は『ゴッホ「ドービニーの庭」のすべて』という書籍にまとめられており、受付で購入することができる。私も読ませてもらったが、作家についてではなく一つの作品についてここまで掘り下げている本は珍しいと感じた。とても読み応えのある内容だった。

ジャン=フランソワ・ミレー《夕陽》1867年頃


 ゴッホがミレーの絵を熱心に模写し、彼の作品からインスピレーションを得た作品を多く制作したのは有名な話だ。こちらはそのミレーの作品《夕陽》である。ミレーは《落穂ひろい》や《種まく人》といった油彩の農民画で知られているが、1965年以降パステルによる風景画も多く制作した。籠いっぱいの草を背負って帰宅する農婦を夕陽があたたかく照らしている。

岸田劉生《上水の春日》1915年


 こちらはコレクション企画展示「花と静物」との関連で今回特別に本館に展示されていた岸田劉生の作品。斜めに強調された遠近感と緊張感のある水面が、代表作《道路と土手と塀(切通之写生)》を思い出させる。岸田劉生は雑誌「白樺」でゴッホを知り、自らの内面を絵の中に表現するスタイルに触れて衝撃を受けた。1912年にはゴッホ風の作品《外套着たる自画像》を制作している。


 多くの芸術家は、初めから「唯一無二」の自分の作風にすんなりたどり着くわけではない。岸田劉生がポスト印象派のゴッホから影響を受けたように、そしてゴッホがバルビゾン派のミレーから影響を受けたように、画家同士が影響を与えたり与えられたりしながら自らのスタイルを確立していくのだ。


 さらにいえば、ゴッホは日本の浮世絵からインスピレーションを得た作品を多く制作しているし、印象派を含む近代フランス絵画は20世紀以降の日本の絵画にも大きな影響を与えた。そこで起こったさまざまなやり取りや、国境を越えて受け継がれた「美」を追求する精神について考えると、非常に感慨深い。


 近代フランス絵画が日本美術に与えた影響については、別館で開催されていたコレクション企画展示「花と静物」のレビューにおいて、改めて考えを深めてみたいと思う。コレクション企画展示「花と静物」では、洋画と日本画における花や静物の描き方の違いに着目した展示が行われ、そちらも大変興味深かった。


3.フランス近代美術と音楽


先述の通り、ひろしま美術館のコレクションの中心は19世紀以降のフランス美術である。個人的に、この頃のフランスにおいて画家たちを取り巻いたさまざまな文化にも興味を惹かれる。19世紀フランスには『アヴェ・マリア』で有名なシャルル・グノー(1818-1893年)や『ジムノペディ』や『ジュ・トゥ・ヴ』などで知られるエリック・サティ(1866-1925年)などがいるが、彼らは画家とも接点を持っていた。


 グノーは幼い頃のルノワールに音楽を教えており、歌手の才能があることを見抜いた。(ただしルノワールの両親は息子に堅実な道を歩んでもらいたいと考え、ルノワールに陶磁器の絵付けの仕事をさせた。)


 サティは多くの芸術家が暮らしたパリのモンマルトルに20歳過ぎから居住し、ピカソやジャン・コクトーと交流を持った。また、サティは自身も印象主義的な音楽を作曲したが、印象主義音楽の大家クロード・ドビュッシー(1862-1918年)に影響を与えたことでも知られている。


 ただし、当時は「印象派」という言葉がアカデミックな手法を無視したスタイルとして批判的に用いられていたため、ドビュッシーは「印象派」と呼ばれることを好んでいなかったようだ。ちなみにドビュッシーは日本美術の熱心な蒐集家で浮世絵や仏像などを収集していたことでも知られる。


 ひろしま美術館では2009年に「白樺派の愛した美術」という展覧会を開催している。私も見に行かせてもらったが、この展覧会は美術と文学のかかわりに着目した大変興味深いものだった。あらゆる芸術が影響を与えあっているものだとするならば、美術と音楽の接点に目を向けた展覧会も今後ぜひ見てみたい。


4.ひろしま美術館のさまざまな取り組み


ひろしま美術館を訪れて驚いたことがあるので紹介したい。美術館を訪れた際には作品に対する理解を深めるためにミュージアムガイドを使う人が多いのではないだろうか?ひろしま美術館の「ミュージアムガイダンス」は少し変わったものだった。


 ひろしま美術館のミュージアムガイダンスはスマホやタブレットを専用Wi-Fiに接続することで解説を読みながら作品を鑑賞できるシステムで、2019年に導入されたようだ。全ての作品に解説がついているわけではないが、代表的な作品についてはかなり詳細な解説を読むことができる。


 このシステムだと美術館から専用の機器を借りる必要がないので、このようなご時世でも安心して利用できるだろう。私も躊躇なく利用させてもらった。また、音声での案内ではないのでイヤホン等も必要なくとても手軽だ。内容もよかったのでひろしま美術館を訪れた際にはぜひミュージアムガイダンスを利用してみてほしい。


 また、ひろしま美術館では入館者がより深く楽しめるように、他にもさまざまな取り組みを行なっている。毎月開催されるミュージアムコンサートもその一つだ。私も過去に聴いたことがあるが、ドーム型の本館ホールに響き渡る楽器の音色が大変心地よく、時間を忘れて聴き入ってしまった。ほかにも、演劇と美術が融合した「HIROSHIMA NIGHT MUSEUM」というユニークなイベントも近年行なわれており、こちらも気になっている。いつか参加してみたい。


おわりに

美術館のテーマ「愛とやすらぎのために」と、初代館長井藤雄の名前が刻まれた正面玄関近くの石碑


美しきものを追い求める精神は、全世界共通だ。国境を越えてアーティストたちが与えあった数々の影響が重なり合い、今日の美術を作り出している。それを思うと、かつて廃墟と化した広島のこの地に文化交流の証である作品が展示され、人々の安らぎの場となっていることがよりうれしく感じられた。


 フランス近代絵画の名品やそれらから影響を受けた日本の近代洋画・日本画が鑑賞できるひろしま美術館は、文化交流や平和の大切さを訴えるのにふさわしい場所だ。ひろしま美術館は、これからも国際平和文化都市の実現に向けて歩む広島市において重要な役目を果たしつつ、芸術の力を持って人々を癒し、市民に安らぎと憩いを与え続けることだろう。


謝辞:本展覧会の執筆にあたって、ひろしま美術館学芸員の農澤美穂子様にお世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。


※会場内の写真については、美術館に許可を取ったうえで筆者が撮影を行っています。

 

会場・会期

ひろしま美術館 本館コレクション展示

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・執筆者プロフィール

山本知恵

1983年生まれ。広島女学院大学文学部人間・社会文化学科にて学芸員の資格を取得。現在は美術・音楽の垣根を超えて芸術にまつわる記事を執筆するライターとして活動している。

連絡先:webwriter.c.yamamoto@gmail.com

Twitter:@chie_writing




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