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メトロポリタン美術館「IN AMERICA A LEXICON OF FASHION」展:アメリカのファッションを再定義する(白石佳奈子)

 

・はじめに

世界各国の幅広い年代のコレクションを所蔵する私立美術館。ここはニューヨーク、セントラルパーク内に存在するメトロポリタン美術館(以下、MET)である。壮大なエントランスを抜け、右側に進むと旧石器時代からローマ時代までのエジプト美術が展示されている。現在、そのエジプト美術コーナーの一室で、古代芸術の雰囲気にはそぐわない、異質な展覧会が開催されている。「IN AMERICA A LEXICON OF FASHION」、メトロポリタン美術館のファッションインスティテュートの設立75周年を記念しての展示である。

 ファッションインスティテュートはMETのコスチューム専門の機関であり、15世紀から現代までの服飾の研究、保存、展示を行っている。その研究成果のお披露目の機会として年に1、2回展覧会が開催されているようだ。当インスティテュートはMETの一機関であるが、財源はMETとは独立している都合上、独自で資金調達を行わなければならない。そのために開かれるチャリティーイベントがあの華麗なMET galaである。毎年、各国の俳優、セレブやデザイナーがテーマに沿った衣装で登場し、世界中の注目を集めている。2021年は、2年ぶりに”In America(アメリカで)”というテーマと、”American Independence(アメリカの独立)“というドレスコードのもとで開催された。なお、MET galaはその年の展覧展のローンチイベントとしての役割も担っている。

 「America is not like a blanket-one piece of unbroken cloth, the same color, the same texture, the same size. America is more like a quilt-many patches, many pieces, many colors, many sizes, all woven and held together by a common thread. アメリカはブランケットのような、一枚の同じ色、質感、大きさの布ではなく、多様なパッチ、ピース、色、サイズが共通の糸で織られ、繋ぎあわされたキルトのようなものである。)」


 はじめの展示室に掲げられたこの文言が本展のテーマといっても過言ではない。アメリカの公民権活動家、ジェシー・ジャクソンが1988年の民主党全国大会で述べたものである。ブランケットとキルトの比較を通じて、アメリカという国が、多様であるが一つであるという状態を分かりやすく表現している。

 人種や職業的に多様な一面に対し、アメリカのファッションはヨーロッパのオートクチュールとは反対に、スポーツウェアや既成服などシンプルさや機能性の高さが強調され、表現されてきた。この不均衡を解消するために、メトロポリタン美術館のファッションインスティテュートの設立75周年を記念し、そしてジェシー・ジャクソンの言葉からインスパイアされ開催されたのがこの展覧会である。


 ファッションはその国の文化を大きく反映する。それは伝統衣装だけでなく現代においても同じである。アメリカという国は歴史的に新しく、様々なアイデンティティを持つ人々からなり、その大きな経済力は大量生産、大衆消費社会を生み出した。大衆的な文化下において機能性重視の既製服が主流になることは理解できる。しかし、アメリカの多様さが一つ大きな文化に小さな個人が溶け込んでいる状態ではなく、国家自体が多様な個人によって動かされている以上、アメリカにしかない、独自のファッションスタイルが存在するはずだ。


 「IN AMERICA A LEXICON OF FASHION」、直訳すると「イン・アメリカ ファッションの辞書」だ。“Lexicon”という言葉は、元々ラテン語やギリシャ語の「辞書」を意味する。つまり、今一度、アメリカのファッションを解釈し、それらを表象する新たな語彙からなる辞書を作るという試みである。


 展示室は地上と地下の3室、モノクロームの空間に無数のボックスが直線的に並べられ、オーガナイズされた空間は近未来映画を思わせる。一つの白い縦長のボックスの中に、服を着たマネキンが一体ずつ、説明とともに展示されている。アメリカ在住のデザイナーやアーティストによってつくられた作品が、以下の12個の特徴を表す形容詞に分類され、セクションごとに展示されている。


“Nostalgia” (懐古・郷愁)

“Belonging” (所属・所属意識)

“Delight” (強い喜び・歓喜)

“Joy” (弾けるような楽しさ) “Wonder” (夢見心地な・うっとりとした)

“Affinity” (親近感)

“Confidence” (自信)

“Strength” (強さ)

“Desire” (欲望・願望)

“Assurance” (確信・保証)

“Comfort” (心地よさ)

“Consciousness” (意識すること・知覚すること)

※和訳は筆者が鑑賞して最も近いと感じたものを採用した。


 これらの言葉と作品の間には、ファッションをアメリカらしい言葉で解釈することと、ファッションがアメリカらしさとは何かを気づかせてくれること、この両方が同時に起こるような相互性が感じられた。本レビューでは12のセクションから”Delight”と”Belonging”を取り上げたい。


・Delight(歓喜)

地下に降りてまず目に入るのは青一色のゴージャスなドレスである。この作品一つで観客を十分に圧倒する迫力がある。“Delight”の意味は「強い喜び」や「歓喜」といったところだろうか。青、ショッキングピンク、赤などビビッドカラー一色で作られたものもあれば、どこか民族的な模様を施したドレスもある。大きく裾が広がったゴージャスなシルエットは、その全てが存在感を放っている。


 Christopher John Rogersは、デザインの哲学として、色やボリュームで服自体が自己表現のツールになる、服自体が感情的で変幻自在のファッションを製作することをあげている。彼はビビッドなピンクと広がりのあるスカートで熱意を表現した。Carolina Herreraの作品は、白のカジュアルなシャツに水色の太いベルト、バーガンディーの大きなスカートを合わせることで、クラシックで落ち着きがありながらもどこか情熱的なデザインに見える。


 本セクションを鑑賞することを通じて、我々はアメリカのファッションのこれまでの定義と、ここで提示される新たな定義を比較して考えることとなる。シルエットは中世ヨーロッパを想起させるが、その色彩や遊び心、そしてクラシックで機能性を失わないデザインは近代的で、アメリカのカルチャーを匂わせる。フォーマルながらも自由で遊び心に満ちていて、自然と着用する者の弾けるような笑顔が想像できるだろう。自信に満ちた強い喜びを感じるセクションである。


・Belonging(所属)

地下の展示室へ向かう通路に、星条旗をモチーフにしたドレスやセーターが展示されている。


 Parabal Gurungのサリーを模したドレスはアメリカのスポーツウェアの生地から作られている。これは東南アジアやインドで過ごした自身が、移民からアメリカ人になることに伴うアイデンティティの揺らぎと、自身のオリジンへの信念を感じさせる。Ralph Laurenはセーターに1777年のアメリカ国旗のデザインを施した。13州の植民地からなる新たな独立した国家が成立し、星条旗が国旗に制定された当初のものだ。彼もユダヤ系の移民の子孫であるが、彼が持つアメリカへの帰属意識が純粋で、前向きなものに感じられる。Willy Chavarriaのセーターは、上下逆さまになった星条旗から星が落ちていくデザインだ。たったこれだけで星条旗がフラジャイルでどこか焦燥感を感じさせるものとなっている。2019年、トランプによる移民政策などアメリカに住む移民が感じる恐怖や苦悩を表現している。


 このレビューを読む人のなかで自身のアイデンティティについて考えたことがある人はどれだけいるだろうか。アメリカは、多くの移民やバックグラウンドを持つ人々から構成される。元々アメリカという国は先住民の土地にヨーロッパからの移民が介入して作られ、今では世界を牽引する国家の一つとなっている。その大国に所属することは、誇りと保証を与えると同時に、アイデンティティをめぐる苦悩を引き起こす。ひとえに星条旗と言っても、これらの作品には各々の感情が反映されている。それぞれが持つアイデンティティへの誇りと、それらを喪失する可能性への恐怖、ここを通過する我々に、アメリカという国に帰属することに伴うフラジャイルな感情の揺れを感じさせるセクションだ。


・おわりに

ここではアメリカらしさを強く感じた二つのセクションを紹介した。この国の独特なカルチャーとそれに伴うポジティブな感情を反映した”Delight”、アメリカという国を意識した際に生じるアイデンティティの問題を反映した”Belonging”だ。そのほかのセクションもこれまで語られてきた文脈を排除することなく新しく解釈しており、視覚的にもコンセプトにも魅了される展示であった。多くの人はこれらの衣装を日常生活では着用しない。しかし、本展でファッションだけでなく概念を提示したことは鑑賞者に大きな印象を残しただろう。我々はこれからファッションが語られる場面において、アメリカを想像することとなるだろう。


 本展はファッションを12個の感情的な形容詞で解釈し、アメリカのファッションを表象する新たな語彙の辞書、系譜を作る試みであった。アメリカ出身やアメリカ在住のデザイナーの作品に限ることで、“アメリカの”という部分は前提とされている。そして鑑賞者は与えられた一つの語彙の定義を衣装の中に見出そうと解釈につとめる。この一連の流れはクイズのようであり、我々は設定された文脈を理解、消化し、自身が持つアメリカのファッションへのイメージを改訂する。しかしこの場において、一つの語彙で説明された衣装は、与えられた語彙でのみ解釈されることとなる。衣装はあくまでも一衣装が製作された背景や意味を新たな「語彙」を説明するために用いただけであり、それらはその語彙の定義のためにつくられたわけではない。確かに、これまでのアメリカのファッションへのイメージを覆し、新たな定義を提示するものであったが、鑑賞者はここに存在する限界も考えなければならないだろう。

 この空間には過去からの確かな伝統と、現代にある新しさ、そして未来への希望の三つの時間軸の輝きが感じられた。それらはすでに出来上がった作品でありながらもファッションを表彰する概念の変化を肯定し、流動的であった。系譜作りはまだ途中で、これからも変化していく。2022年5月にオープンする第二部も楽しみである。


※本展覧会はコレクションからのみ構成されるものではないが、メトロポリタン美術館のコレクションの歴史を起点としてアメリカのファッションを見る、という企画意図を鑑みて、ここに掲載した。

 

会場・会期

メトロポリタン美術館「IN AMERICA A LEXICON OF FASHION」展

2021年9月18日から2022年9月5日まで

 

・執筆者プロフィール

白石佳奈子

関西学院大学国際学部4年生。主に日本文化論を中心に研究していたものの、やはり芸術を学びたいと思い、2022年9月から芸術分野での大学院進学予定。現代美術が好きです。