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京都市京セラ美術館カフェ(ENFUSE):チョコレートケーキと美術館にカフェがある意味(原田泰稔)

あなたの趣味がカフェ巡りであっても、おすすめの美術館カフェは?と聞かれたらその回答に困るだろう。名のある豆を使ったコーヒーもなければ、インスタ映えするような話題のスイーツが提供されるわけでもない。美術館に付随するカフェやレストランの評判は好ましくない、とよく言われているからだ。確かに京都市京セラ美術館にものそのようなものはない。しかし、評判に限ってこの美術館のカフェは例外である。


京都駅からバスと徒歩で30分ほどのところにある京都市京セラ美術館は、2017年から2020年まで休館、大規模な工事を経てリニューアルオープンした。B1階「ガラス・リボン」とよばれる大きな帯状のガラスの入場口を行くと、その帯に沿うようにして向かって右手にあるのが今回紹介するミュージアムカフェ「ENFUSE(エンフューズ)」である。


カフェは美術館のエントランスとドアのような部屋としての区切りがなく繋がっており、席に座ると一面のガラスから差し込む日があたたかい。僕はチョコレートケーキと暖かいコーヒーを注文した。チョコレートケーキは、通常メニューとは別の期間内メニューの中から選ぶ。テーブルには先にケーキが運ばれ、黒い陶器のお皿に乗った1ピースのケーキにはフィルムが巻かれている。上面に装飾はなく平らで、それがなめらかなチョコであることがわかる。断面に目を向けるとケーキは2層で出来ており、上はチョコブラウニー、下は質量のあるクッキー生地でできている。チョコレートケーキは、ひかえめな甘さでしっとりとしたチョコブラウニーのなかにゴロっと食感のあるナッツが多めに練り込んであった。チョコブラウニーのような濃厚なチョコレートは多幸感をもたらすが、徐々に味への関心が食べる単純作業へと徐々に逸れてしまう。飽きてしまう味は魅惑の味だが、最後までおいしく食べるにはその味が程度を超えないように、うまくととのえないといけない。「ENFUSE」のチョコレートケーキはその点、一皿として絶妙である。ナッツが含まれていることにより生み出される体験の抑揚はフォークをケーキへ入れるところから始まり、味覚を最後の一口までずらし続ける。ケーキを食べる中でナッツを噛むという別の経験を一皿の中に差し込むことで甘さへの感度を抑制する。飽きることなく賞味が継続するところに料理としての完成度の高さをみた。



時折りフォークを置いて飲むコーヒーは、カップから口へ服むとカフェインの苦味、時間の経過とともに果実味のある酸味へと意識が向かう。果実味やフルーティーといわれるのは果物特有のクセのある味覚のことで、「ENFUSE」のホットコーヒーの酸味は目の前のカップに入ったコーヒーとはちがったイメージを想起させるには十分だった。けれど、そこでコーヒー豆を思い浮かべるには齟齬がある。ローストや精製、それ以前のコーヒーチェリーの赤い実こそ、その酸味のイメージにぴったりだった。このカフェの評判の良さには、提供するケーキとコーヒーのクオリティーの高さももちろんあるだろう。ただ、僕が最も気になったのは、白い壁と木材の家具で統一された店内、モデルルームとショーウィンドーを足したような空間と、そこから垣間見える商売っ気の方である。2つのことからその内実が見ることができるだろう。


早々にケーキを食べ終えて、残ったコーヒーを飲みながらもう一度メニューに目を向けると、そこには京野菜をつかったお番菜のプレートのほか、美術館外に持ち運べるピクニックセットもある。ピクニックセットを注文したら美術館から飛び出して京都の町の一部をテラス席のように利用することもできるらしい。その利用理由に美術はもはや関係ない。けれど、京都の町の平坦さとそこには公園的な空間が点在していることを強く意識させられた。とってつけたものとは異なる、その土地と結びついたメニューである。カフェのメニューが最も直接的に京都の町に開かれている。


開かれているといえば、冒頭で言った京都市京セラ美術館の建物入り口 「ガラス・リボン」が挙げられる。入り口一帯はガラス張りのため内側から広場への見晴らしがいいが、そのぶん外からも恥ずかしいくらい中が見える。リニューアルの最大の特徴でもある「ガラス・リボン」はそれ単体で見ると大型商業施設に見えなくもない。外から見えることには客と店との間に裏付けされた効果がある。路上から店内が見えるように店のドアを開けておくのは飲食店舗の戦略だが、そこで得られる安心が着実に美術館カフェへの足取りを軽くしている。


これら2つの商業的な側面は美術館の公共性と決して矛盾しない。むしろ美術館を広い意味で相互補完している。カフェがもたらす雑多さと、そこで行われる会話の空間には確かに公共性があった。それは美術館に着いたら真っ先に目につくカフェの賑わいからしても明らかだ。京都市京セラ美術館のミュージアムカフェへの評価は、外側にある町と外からの視線を意識した、至極真っ当な商売っ気に呼応しているのだろう。驚くべきことはそれが美術館内で起こっていることである。僕が最初にカフェの人だかりを見たときは京都で美術こんなに盛り上がっているのかと感激した。そう思ったのはきっと僕だけではない。その場を通ったひとはみな思うだろう。いずれそれが美術への関心に向かってもおかしくない。カフェに向かう足取りは、入り口を通ったと同時に美術へと向けられた足取りでもあるのだ。

京都市京セラ美術館カフェ「ENFUSE

営業時間 : 10:30-19:00

・執筆者プロフィール

原田泰稔 

2000年生まれ。食をはじめ、美術や批評などに関心がある