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  • 執筆者の写真これぽーと

根津美術館:都心に流れる穏やかな時間(小橋清花)

 根津美術館のコレクションは、政治家であり実業家であった初代・根津嘉一郎(かいいちろう)の収集品を中心に構成されている。ジャンルは「絵画」、「彫刻」だけに留まらず「書蹟」、「漆工」、「陶磁」、「染織」、「木工」など多岐に渡る。それに加えて、寄贈が多いことからは、嘉一郎の人望を垣間見ることも出来るだろう。


 もともと、根津嘉一郎は、東武鉄道や南部鉄道などの多くの鉄道敷設に関わったほか、多くの経営難の企業を買収し再建させたことでも有名で、「鉄道王」とも言われていた。また、その傍らで大正11年には旧制武蔵高等学校(現:武蔵中学・高等学校 武蔵大学)の創立にも携わり、教育の分野にも尽力した人物である。


 一見して、美術とは無縁に見える実学的な経歴をもつ嘉一郎であるが、彼と美術品コレクションをつなぐ鍵は意外なところにあった。


 当時、嘉一郎のような実業家の間で愉しまれていた「茶道」にである。彼自身も「青山」を号にもち、茶人として、茶道を嗜んでいた。実業家にとって、茶会は単に茶会の場だけでなく、情報取集の場でもあり、社交の場でもあったことは想像に難くないだろう。茶道具と古美術が、彼の豊富なコレクションの中心を占めている理由には、ビジネスとも結びついた、以上のような背景があったのだ。

 こうして集められたコレクションは青山の邸宅跡におかれ、その場所が根津美術館となった。美術館自体の歴史は長く1940年に初代の遺志によって二代目が財団を作り、その翌年に根津邸に根津美術館ができる。けれども、第二次世界大戦の戦禍で展示室や茶室が焼失してしまう。

 幸い、収蔵品は疎開していたため無事であったが、再建を余儀なくされた。数々の増築・改装を行いながら、2006年〜2009年の改築を経て、現在の形に至っている。設計は隈研吾が手がけており、庭園からホールに映る鮮やかな緑や階段に射す光が美しい。




(写真:2021年2月撮影)



*二つの通年展示:信仰と祭祀

 根津美術館には展示室が6つある。それぞれ、企画展(展示室1・2)、通期展示(展示室3・4)、コレクション展示(展示室5・6)に割り当てられており、通期展示はホール・展示室3と展示室4の2箇所で行われている。


 現在、ホール・展示室3では、「仏教美術の魅力」をテーマとして、製作時代・背景が異なる仏教美術が展示されている。仏教美術と聞くと、少し地味な印象を受ける方もいるかもしれない。だが、これらの仏教美術のコレクションは時代・材質も様々なので、見比べることによってその奥深さ・表現の豊かさを体感できる。

 受付を終えてすぐ左の広々としたホールには、さっそく数々の仏像が見えてくる。その中でも一際目を引くのが、白く柔らかい表情をたたえた『如来立像』である。この仏像は「白玉像」というもので、中国・河北省定県を中心として北魏の50年代〜隋・唐で流行した仏像である。白大理石を素材としており、その柔らかさから元来30cm~80cmで制作されることが多い。とりわけ、6世紀の中国で制作された本作は高さ291.3cmとかなり大きく、大変珍しいものであるといえるだろう。


 ホールに入ってすぐ左側の企画展の入り口が目立っているので、右側に位置するこの展示室3は見落とされそうだけれど、足を運んだ際にはチェックしてほしい。


 さて、自然光を美しく反映する階段をのぼった先にある、展示室4では、多くが重要文化財に指定されている「古代中国の青銅器」の特集展示が開催中だ。二体の羊が背中合わせになっている重要文化財「双羊尊(そうようそん)」が、特に印象的である。(*1)

 この他にも、古代中国に使われていた祭祀用の青銅器を見ることができるが、どれも展示されている青銅器は文様がハッキリと残っており、当時の鋳造の精密さをみてとれる。

 以上、ふたつの通年展示を見るなかで、主に信仰・祭祀に際してつくられた作品が展示されていることに気が付いただろう。とすれば、作品を眺めながら、「当時の人々はどのような願いからそれを作ったのだろう」、「なぜこんなに大きく作ったのだろう」…など当時の様子を想像してみるのも、この展示室の楽しみ方の一つと言えるだろう。


*コレクション展示と庭園の魅力

 これまで見てきた通年展示とコレクション展示が異なるのは、企画展示と併せてその都度展示替えが行われることである。作品の保全の目的からそのようになっているが、展示される作品は全て根津美術館の所蔵であり、コレクションの豊富さを物語っている。

 また、根津美術館の大きな魅力の一つに、屋外にある「庭園」がある。1階ロビー(または地下1階のカフェ)から庭園に入ることができる。


(写真:2018年4月撮影)


 緑豊かな園内を歩いていると、ここが都内の真ん中であることを忘れてしまうほどである。その日の庭園の様子は、公式ホームページで「いまの庭園」と題して紹介されている。同サイトでは、庭園のマップだけではなくパノラマビューでも様子がわかるようになっているので、是非見ていただきたいと思う。


 青山という都会の真ん中にありながら、四季とともに移ろいゆく庭園や美しい建築、なによりも豊かなコレクションをもってして、忙しく時間に追われる現代の人々に穏やかな時間を提供してくれる。古美術を鑑賞しながら、その存在を親しみを持って感じられる空間が、根津美術館にはある。


・注

文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146767(最終アクセス日:2020年2月15日)


 

会場・会期

根津美術館 通年展示(展示室1、展示室2)

 

・執筆者

小橋清花

國學院大學 文学部哲学科 美学・芸術学コース 3年。

東洋美術史を専攻しながら、パフォーミングアーツの現場でインターンをしている。主な関心は「浮世絵(死絵)」を中心とした死を巡る表現と、パフォーミングアーツ全般。趣味は写真を撮ること。


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