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川崎市岡本太郎美術館:矛盾を引き裂くベラボーさ(塚本健太)


 岡本太郎が亡くなったのは1996年。私が生まれたのは2000年で、岡本太郎がテレビによく出演していたのを知らない世代である。だから、これまで岡本太郎とは「【太陽の塔】の人」「『芸術は爆発だ』の人」「縄文土器が大好きだった人」としか知らなかった。


 だからこそ、岡本太郎美術館の常設展は岡本太郎との初めての出会いだった。


 今期常設展のテーマとなっている「ベラボー」とは何だろうか。

 岡本太郎がこの言葉を打ち出したのは、大阪万博のテーマ館プロデューサーに就任した時だった。


「ベラボーさは今までの日本では軽蔑され、ほとんど発顕されなかった。だからこそ、あえて公言した。日本人一般のただ二つの価値基準である西欧的近代主義と、その裏返しの伝統主義、それの両方を蹴とばし、「太陽の塔」を中心にベラボーなスペースを実現した」(*1)


 博覧会会場の大屋根を突き破る独特な造形となったのは、こうした考えからだそうだ。岡本太郎のこの考え方は、1956年に刊行された『芸術と青春』の中からもうかがうことができる。


「私は近頃『対極主義』という新しい芸術の方法論を提起している。芸術家の純粋な孤独は、その反対極としての現実と対決するために、やはりそれを強力に把握しなければならない。二者を矛盾する両極として立てるのである。(中略)矛盾を逆にひき裂くことで相互を強調させ、その間に起る烈しい緊張感に芸術精神の場があるという考えである。(中略)それによってのみ純粋は貫かれ、芸術は可能となる。この決意こそ、私の芸術の信条である。」


 常設展示室は、順路がなく「油彩」「立体」「椅子」「インダストリアル」といった区分でまとめて展示されている。


 これらの展示の中で注目したいのが「椅子コーナー」である。ここでは、実際に岡本太郎がプロデュースした椅子を見るだけでなく、座ることができる。私も実際に展示されている全種類の椅子を座り比べてみたが、座りやすそうに見えて座りにくいものもあれば、その逆も然りでとても面白かった。美術館近辺の小学校に通っている子どもたちは、遠足でこ来るようで、館内には感想の「はがきファイル」が置かれている。やはりこの椅子コーナーについて触れているものが多かった。


 ヒトは、知らないものに初めて遭遇した時、目で見るだけでなく、手で触れたり、においをかいだり、五感を使ってそのものがどんなものなのか判断してきた。展示ケースで覆われた美術館では、そうした五感で感じるということが制限された空間である。一方で、岡本太郎の「ベラボー」な作品群は確かに視覚的にも圧倒する存在であるが、触れることでより理解が深まるということがわかる。つまり、見るだけでは説明することが難しい作品たちも、触るという別の感覚を用いることで、自分なりの視点・解釈をもつことができるのだ。


これは、現在国立民族学博物館で11/30まで開催されている企画展示「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」にも通ずるところがあるだろう。


 最後に注目したいのが展示室の中央にひっそりとある、「一平・かの子コーナー」である。岡本太郎の生涯が作品や言葉とともに年表形式で展示されているだけでなく、父・岡本一平と母・岡本かの子の作品も展示されている。とはいえ、岡本家の3人の独特の関係性を展示だけで掴むのは難しかった。展示を見た後に岡本家にまつわる本を読んでみると、彼らの芸術作品の全貌が見えてくるだろう。(*3)


 さて、ここで改めて常設展のテーマとなっている「ベラボー」とは何なのかを考えてみたい。今の時点での私の答えは、岡本太郎の活動のように「多分野を貫くこと」だと思う。人生経験と圧倒的な知識で絵画・彫刻・工業製品・メディア・執筆を行い、またさらに思索をして達した「境地」ともいえる。とはいえ一度の訪問では、岡本太郎の「ベラボー」の全容をまだ十分に理解できなかったので、今後も足を運んでみたい。


*1: 岡本太郎『日本万国博 建築・造形』恒文社、1971年

*2:岡本太郎「生活の信条」『芸術と青春』光文社、2002年

*3:つい先日、作家の瀬戸内寂聴さんが亡くなられた。その代表作として岡本かの子に焦点を当てた伝記『かの子繚乱』がある

 

会場・会期

川崎市岡本太郎美術館「生誕110周年 ベラボーな岡本太郎」展

2021年10月15日から2022年1月16日まで

 

・執筆者プロフィール

塚本健太

東京都立大学 都市環境学部 都市政策科学科に在籍。研究テーマは都市計画・都市解析。学芸員資格課程を受講中。政策科学は行政が行う政策を理論で支える学問ですが、しばしば数値化できない価値を低く見がちです。美術館などの文化系施設もその一つでしょう。効率化だけでは表すことのできない「場」としての価値を考えていきたいと思います。 伝統工芸学生アンバサダーとらくらとしても活動中。