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  • 執筆者の写真これぽーと

第1回 ミュージアムグッズへの道(大澤夏美×南島興)

大澤夏美さんは北海道大学の修士課程で博物館経営論の一環としてミュージアムショップについて研究されていた方です。美術館だけでなく、全国の自然史博物館や水族館などあらゆるミュージアムのグッズを収集し、アーカイブし、ブログにまとめる活動を積極的に行われています。書籍出版も準備中とのことです。今回はそんな大澤さんにミュージアムグッズ初心者の南島興がグッズ道を教わります。楽しい対話編です。(南島)

 

 まず個人的な話をすると、僕は展覧会はよく見に行きますが、ミュージアムショップには図録を見るためだけに寄って、それ以外にグッズは横目に挟むぐらいなんです。なので、ミュージアムグッズへの関心が、いまいち実感できていないところがあります。今日は初対面ですが、グッズを買う人の気持ちに共感し、かつ研究もされている大澤夏美さんにミュージアムショップやグッズについてのお話を伺えたらと思います。


 よろしくお願いします。最近の状況を話すと、大型の企画展では「こういうグッズが出ます!」とか、「〇〇とコラボします!」とか、集客のための一つの要素としてグッズを活用するというのがありますね。ただ、今回の新型コロナウイルスの影響で、グッズの役割や存在意義が見直される局面に来ていると思っています。入場者数の制限などがある中で、これまでのようにグッズをたくさん売って稼ぐことが難しくなったときにどうするか?と。私自身はこれを機に、そもそもミュージアムショップやグッズと博物館との関係性っていうのを見直した方がいいんじゃないのかなと考えています。


 なるほど。そもそもミュージアムグッズには当初からいま言ったような集約を目的とした役割があったんですか?


 ミュージアムショップのさきがけは、1970年代の国立民族学博物館なんですけど、そのあと90年代に入って、東京国立博物館がミュージアムショップと銘打ってスタートさせました。ちなみにこの「ミュージアムショップ」という概念が日本に導入されるまでには、やはり博物館や美術館のファンの方々のニーズの高まりというのが大きかったそうなんです。海外のミュージアムショップの事例から、例えばMoMAあたりの情報が入ってくるわけです。そこから「何で日本には素敵なグッズがないの?」という声が上がってきました。とはいっても、90年代から2000年代初頭くらいまでは「博物館のサービスの一環だから」という考え方もまだ根強くありました。


 そうだったんですね。


 私が修士課程でミュージアムショップやグッズの研究を始めたのは2011年ですが、「ミュージアムショップやグッズの研究をやろう!」と決めた時に、「え…でもそれは博物館の一部でしょ?」「付帯施設でしょ?」という声がありました。だから、まだ全然なんだな…と思って、しばらく個人的に冬の時代(笑)が続いていたんですけど、時期的には指定管理者制度(2003年)や博物館の独立行政法人化(2007年)など制度的な変化があり、収益をひとつ大事にしようという考え方が生まれはじめたタイミングでもありました。そのときに、じゃあミュージアムグッズを活用しない手はないよね、ということで活発になってきました。


 長くてこの20年、短くてこの10年ぐらいの動きなんですね。ちょうどその10年というのは、フェイスブックやユーチューブ、またツイッター、インスタグラムが始まり、普及した時期に当てはまりますね。


 そうですよね。それこそ企画展でキャラクターとコラボして、SNSで発信してという動きが加速度的に盛んになったのも、ここ5年とかのイメージですね。それが新型コロナウイルスで一旦ストップがかかって、そこからどうなるかというのが今の課題というか、注目すべきところなのかなと思います。


 ちなみに、ぶっちゃけグッズ販売は儲かっているんですか?


 首都圏を中心とした大型企画展では収益の柱という面がありますし、常設のミュージアムショップであれば、運営形態にもよるんですよね。博物館が直接運営している場合もあれば、専門の会社さん、書店さん、デザイン会社さんや友の会に委託しているところもあります。ですので、委託している形態のショップでは博物館が休業したことによって、経営的に厳しくなっているところもあります。例えば、公立ではない例ですが、目黒寄生虫博物館のように博物館が開けなかったり、来る人が少なかったりということで、寄付を募った…という事例もあったんですよね。


 そういう意味では、最新のミュージアムグッズ事情みたいなことを考えようと思ったら、とりあえずは新しくリニューアルした美術館なんかに行くのが手っ取り早いんですかね。


 そうですね。いくつかグッズを持ってきたので、ちょっと見てみましょうか。最近だと桜新町の長谷川町子美術館・記念館が7月のリニューアルオープンに合わせてミュージアムショップも新しくなりました。例えば、このマスキングテープ。ただ色柄が違うように見えて、実はサザエさん新聞連載時、つまり昭和20年代の作品をプリントしていて工夫が見られます。そのほかのも昭和30年代、40年代とそれぞれ違いがあるんです。絵柄や作風、そして時代背景の変化がグッズを通して伝わってくるし、それを自分のものにできるのは素敵ではないですか。また、こちらは紙ナプキンですけど、長谷川作品のなかから昭和に使われていた道具だけをピックアップしてプリントされています。それが掲載された年代も下に記載があるので「この道具は今もあるよ!」とか、使うときに話題も弾みます。この二つのグッズを見るだけでも、「サザエさんって結局何を描いてきたんだっけ?」という作家としての本質を見つめ直すことができると思います。そういう記念館のスタイルが伝わりますし、それをショップでも伝えたいという姿勢も伝わってきます。逆にいえば、ミュージアムショップを見ると、博物館の姿が見えてくるんです。


 それは面白い!!個人的には展覧会の関連グッズといえば、キャラクターの部分だけ引き出してきて、アクセサリーやTシャツにするみたいなイメージがありました。けれど、長谷川町子美術館・記念館の場合は、サザエさんというキャラクターそのものというよりは、サザエさんという物語が反映している社会状況やメインではないけども脇で登場する道具を取り上げることで、その「時代」が見えて来るし、また時代と私たちの今が繋がっているというその連続性も感じられる工夫がある。展覧会の横に流れるサブストーリーみたいなところを、グッズ側が補完しているんですね。


 まさに!そういうことなんですよ。いいでしょう?


 それはいいですね。うん、普通にいいなぁ。展覧会に行って、ショップにも行って、というのが自然な流れとして作れますよね。


 なかなかそういうところはまだ少ないですが、そういう事例も最近できてきているということですね。ひとつ、ショップの進化の形が見えたかなと。


 企画展に合わせてやると、その場限りのものにならざるを得ないですが、長谷川町子記念館の場合は、長谷川町子の作品を長期的に研究して、来場者に魅力的に発信していくしかない。だからこそ、出てくるグッズのアイデアなのかもしれませんね。これぽーと的には、企画展ではなく、常設として常にあるコレクションをどう見せていくのかと言った時には、展覧会を作ることとミュージアムグッズを作ることの、2つのマリアージュっていうのか、有機的な結びつきを持てるといいですね。


 今後、企画展での集客がこれまで通りには望めないとなったときに、常設でグッズを作ろうという流れになるかもしれませんね。その時のハードルとしてはロットです。小ロットで作れるものや、長い期間をかけてロングセラーになるようなものがいいのではないかと。常設ではグッズを売る手段に対する考え方も変えなくてはならないと思います。


 現実的には企画展に併せて予算が組まれているので、常設では難しいところはあるのだろうけど、そのうえでできることがあるとすればという話ですよね。長谷川町子記念館の例は一言でいえば「ストーリー」を売っていくということだと思いました。


 仰る通り。それはありますね。


 キャラクター単体を売るというよりかは、キャラクターがもっているバックグラウンドなり背景ストーリーをどういう風に伝えていくか。これは美術館に当てはめると、所蔵作品のストーリーもそうですけど、美術館がもっているストーリーや歴史をどう売り物に変えていくか、みたいなところが必要なのかなと思いました。

 そうですね。


 もちろん、ゆるキャラブームがあったように、キャラクターグッズというのは一定の人気があるわけですが、何か一発印象勝負みたいな方法は企画展に向いている気がしています。一方で、長い時間をかけて売れていき、じわじわ美術館の印象が変わっていくようなことも可能なはずで、そのためにも美術館のストーリーにどれぐらい人が関心をもってくれるか、ここが重要だと思います。逆に、そうでないと企画展だけ行けばいいやってことになっちゃいますよね。


 うんうん。


 たとえば、ルーブル美術館展に行こうって思う人が興味をもっているのはルーブル美術館展であって、その美術館ではないわけですよね。その関心のベクトルを美術館に関心があるという方向にどれぐらい変えられるか?そこの転換?を生み出すときに、グッズというのは重要な役割を担うんだろうなという気がしてきました。


 グッズの話題とは少し離れるかもしれないんですけど、大阪市立自然史博物館はすごく博物館自体のファンが多いんですよ。友の会のメンバーも多くて活動も活発、また教育普及活動や自前の展覧会も多い。個別の学芸員にもファンさんがいるぐらいにすごく人気なんです。でも、その点美術館ってどうなんでしょう?


 学芸員にファンがつくということはほとんどないと思います。それは基本的に学芸員は黒子であるべきだという考えが強くあるためです。職業倫理上の誠実さの現れではあるのですが、展覧会を作っている人間がいったいどういう人たちなのかを見せないという選択をしているので、そうすると展覧会というものだけが、外部からは浮遊してみえるし、展覧会が行われている場所としてだけ、美術館が存在しているみたいな印象は受けてしまいます。その意味では、展覧会がどのように成り立っているのかという、まさに背景のストーリーですよね、その部分が見えないとファンは付きづらいのかなと思います。逆にいうと、ファンが付くって言うのは、そこに「人」を見るですということですよね。つまり、この人がやってるから行こうみたいな動機が起きるわけです。でも、いまはその逆で、この展覧会がやってるから、美術館に行こうとなっていますね。


 たしかに美術館の学芸員さんって黒子感がありますよね。私の地元にある北海道大学総合博物館では所属されている研究者の皆さんがいらっしゃいますので、「○○研究者の方が監修して、このグッズを作りました」なんていう売り出しがけっこう当たり前なんですね。恐竜のご研究で有名な小林快次先生など、ファンの多い研究者の方もいらっしゃいます。なので、公立美術館のグッズを作りましょうとなったときに、学芸員が黒子であるべきという考えがあるとしたら、じゃあ、どういう作り方があるのだろうと思いました。


 誰々が作ったのではないとしたら、ムンクでもいいし、ミュシャ、あるいはバンクシーでもいいですけど、有名なアーティストの固有名に紐づいた何かを売っていくことになりますね。結局、名前は必要だと思っていて、美術館の場合は、それが学芸員ではなく、展示されている有名アーティストのグッズを売るということにならざるを得ない。そういう意味では、さきほどのストーリー売っていくというのは、難しいところはありますね。


 それで今思い出したんですけど、昔、ミュージアムグッズに関する取材をした時に、「うちのコレクションは地味だから、商品になるものがない」、「目立つ所蔵品が限られているから、それ以外をグッズ化しても意味がない」と言っているところがあったんですね。これに対抗する手段として、ひとついいなと思ったのは、新しくリニューアルしたアーティゾン美術館なんです。ショップも新しくなったんですけど、所蔵品を生かしたオリジナルグッズがたくさんできていたんです。ジャクソン・ポロックの栞ができていたり。


 かっこいいですね!


 かっこいいですよね。ブランクーシの《接吻》のキーホルダーができていたり、ブランクーシは、全然ファンじゃない方は分からないかもしれませんが、作品の力があるので、展示を見終わってショップに来た方も、「あ、いいかも!」って思うじゃないですか。だから、ミュージアムグッズの作り手はもっと作品の力を信じればいいのに、と思うときがあります。ここで、一番最初にした話に戻ると、私は博物館が所蔵している作品の価値や博物館がその地域にどう貢献をしてきたのかを、グッズを作るときには見つめ直す必要がでてきますし、それは避けられないと考えています。小手先だけでものづくりはできないということですね。だから、アーティゾン美術館のグッズを見ると、自分たちのコレクションとしっかり向き合って、「これはすごい大事なものだから、みんなに知ってほしい」という思いでものづくりをしたのが伝わるんですよ。


 ミュージアムグッズの観点から自館のコレクションを見つめなおす、ということですよね。展覧会が学芸の観点から、コレクションを見つめなおすようにして。この両者はパラレルな関係にある、という風に見るのがいいのかもしれませんね。


 公立美術館だからこそ、グッズを作ること自体がコレクションを見直すための、なにかきっかけになればいいなとは個人的に思います。


 パラレルな関係にあるというのは、鑑賞者の側にもいえて、展覧会では作品を観る文字通り、鑑賞者であり、ミュージアムショップでは作品に関連したグッズを購入する消費者に自然と転換しているわけですよね。この一人の人間の二つの側面、見ると買うという欲望を、展覧会とグッズの二つの場所から刺激していく。この相互作用が働くのが理想的ですね。長谷川町子記念はそのよい例に思えてきました。


 まさにそうなんですよ。展覧会って、美術館とマスコミの方が組んで、「見せたいものを作る」じゃないですか。それを鑑賞者が見る。でも、ショップに行くと、その力関係が逆転するんですよね。


 というと?


 鑑賞者は消費者となって、ものを選べる立場になれるというということです。「あの作品好きだったのに、ポストカードないじゃん!」とか(笑)こういう力関係の逆転が起きるのも、展覧会とグッズの関係を考えるときに、すごく面白い話ですよね。


 たしかに言われてみれば、そうですね。なんか、不思議ですよね。それまでは展示会場で、ただ作品をふむふむと鑑賞していたのに、会場を出た途端に、それを買う立場になっているという経験は。すごい転換がそこでは起きているんですね。といったところで時間が来てしまったので、第一回はここまでにしたいと思います。今日はミュージアムショップの歴史から、最新のグッズ、そして展覧会との関係性など、さまざまミュージアムグッズに関するお話ありがとうございました。


 こちらこそ楽しいお話ありがとうございました。


 ぜひ、第二回はさきほどの興味深い「逆転」から話をしてみたいと思います。


 

・執筆者

大澤夏美

北海道の大学でメディアデザインについて学ぶものの、卒業研究で博物館学に興味を持ち、元来の雑貨好きも講じて卒論はミュージアムグッズをテーマにしました。大学院でも博物館経営論の観点からミュージアムグッズを研究。現在も全国各地のミュージアムグッズを追い求めています。


南島興

1994年生まれ。東京藝術大学美術研究科博士課程在籍。20世紀美術史を研究。旅行誌を擬態する批評誌「ロカスト」編集部。ウェブ版美術手帖、アートコレクターズ、文春オンラインなどに寄稿。全国の美術館常設展レビュー企画「これぽーと」代表。



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