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  • 執筆者の写真これぽーと

谷村美術館:みえないようにするしかけ(吉野俊太郎)


これぽーとの特徴は作家の方が多く参加していることにありますが、今回は彫刻や演劇、また人形劇に関心を寄せる美術作家の吉野俊太郎さんに執筆していただきました。ご自身の出身地でもある新潟県に建つ谷村美術館のレビューになります。村野藤吾設計の巨石からなる神殿のような外見の内側はどうなっているのか、作品と展示空間の関係からひも解いていきます。(南島)

 

 〈ホワイト・キューブ〉と呼ばれる展示空間は、展示作品との協働を前提としない場合においては可もなく不可もない…限りなく0(ゼロ)に近い状況を作り出そうと試みる。それはきっと、近代以降の鑑賞者にとっての最優先は目の前の作品の固有性であって、そこに不用意に“作品外”が混じり入ってしまうことは彼の固有性を乱すと考えられたためだ。実際、ある作品は展示状況によって傑作にも駄作にも見えてしまう。この見え方の揺れを最小限に抑える定型化した方法論の一つとして、現在の美術館では展示空間の基準が〈ホワイト・キューブ〉にあることは間違いないだろう。


 新潟県糸魚川市、谷村美術館。

 彫刻家・澤田政廣の常設展示館として、建築家の村野藤吾により設計されたこの奇異な美術館は〈ホワイト・キューブ〉では、ない。そしてここにはより巧妙な“トリック”が仕掛けられていた…ように思う。

 当館では受付を済ませて入場してからも、展示館へは少し距離が設けられている。古都の仏教建築を思わせるが、それでいてあちこちに珍しい造形を抱えた外回廊を通り抜ける最中、目前に粘土塊のような巨大なオブジェクトが現れた。

 どうやら、それがこの館の外観である。地面から館外壁への緩やかな起ち上りはいま自分が通ってきた回廊にも共通する特徴で、これによりこの美術館は「建っている」というよりも「隆起している」というべき印象を与え、建屋全体が地との一体でイメージされている。彫刻美術館のはずなのに、これではまるで巨大な彫刻物で、その内部に侵入するというのは、さながら胎内巡りのようにも思われた。受付で配布される資料には以下のような説明がある。


「美術館の全景をシルクロード砂漠の遺跡に見立て、館内は石窟調になっています。各展示室は、そこに展示されている仏像彫刻に合わせて設計されているのが大きな特徴であり、作品と建物が一体となって美術館自体も一つの芸術作品となっています。」


 館内に入ると、なるほど岩のような(それにしては些か均一すぎるテクスチャを帯びた)乳白色の壁に囲まれることになる。外回廊も同じような質感だったが、それが展示室へと延長されることで、外部空間との明確な境界を持たない石窟の再現に一役買っているようだ。ほとんどの空間の壁は天井部分までが緩やかに繋がっており、柔和な反射光で空間全体が明るく照らされている。


 館内は大きく7つの展示室に分かれており、それぞれに澤田の等身大を超えた大作が展示されている。中でも順路半ば、合計三体の木彫像が並ぶ間では、像はどれも立って腰の高さほどの台座に載せられており、どれもがかなり見上げての鑑賞になることがはじめ印象的であった。中央に位置する《天彦》(1944)は像高193cm、戦時に制作されたにしてはとびきりの大作である。展示される作品の内で珍しく仏像の分類にはない本作は、空爆で亡くなってしまった子を題材にして制作された作品で、その構成は明らかにロマネスク期のキリスト聖母子像や天使像の造形を参照したものとわかる。澤田の特徴とも言える作品全体に施された大ぶりの鑿跡は木喰らの鉈彫りからの影響が見受けられるが、と同時に本作は飛鳥仏に見られるような強烈な垂直性を帯びている。人物像自体が足ではなく衣の裾部分によって支持されていることもあるが、それよりも頭に対して異様なほどに長い胴体部がこの像の垂直性を更に強調する。これらの特徴は左右に並ぶ作品、特に《魚籃観音》(制作年不明)にも同様に見られ、こちらは腕から落ちる衣によって生み出される縦長のシルエットと、宝珠光と呼ばれる後頭部側の光背によって強調されている。

 向かいの展示室に配置された《曼珠沙華》(1959)は、一見すると蔵王権現や興福寺八大童子の阿修羅などにも見えてくる造形である。だが、彼岸花の姿に発想したと言われる澤田独自の仏像だ。こちらは八臂の上半身が金で塗り込められており華やかだが、大腿から下は金色の足先が少し見えるだけで、ほとんどが垂直の丸太と化してしまっており、モデルとなった彼岸花の細首を思い出させる。こちらも像高270cmと非常に大きな作品であり、しかもこの前後に見る作品の全てに同じく、筆者の胸の高さほどもある高めの台座に展示されている。展示内最大の作品《聖観音》(1975)も同様に胴体も光背も蓮台も台座も、その全てが上下に引き伸ばされたような造形になっており、上へ上への指向性が作品内に表されている。

 これらの澤田作品にとって、列挙した特徴には大きく二つのメリットがあると考えられる。一点目は「異界の者」としての、神仏の非現実性への視覚的な演出効果。彫刻物の重量感を垂直指向の造形が緩和し、更に浮遊感を創出することで人類とは違う存在を演出しようと試みられている。そして二点目は威厳のための演出効果。台座や蓮台に載せた巨大な彫刻は、自動的に我々がかなり見上げなければならない高さまで持ち上がる。そのとき鑑賞者の首の角度は、文字通り上位存在として仏像を見上げることになり、その時の感覚こそが、眼差す対象がいかにも厳粛なものであるという錯覚に陥らせるというものだ。これらの効果は神仏を彫刻に造るという点においては非常に有意義なものとなる。

 しかし、これらの演出には問題点もあるはずだった。鑑賞者の身の丈を大きく超える彫刻たちは、同時に観る者に畏怖を超えた恐怖や、ある種の圧迫感、権威的威圧感をも同時に感じさせてしまいかねない点である。ほとんどの場合、異界の権威なんて怖いに決まっている。

 …だが、谷村美術館の澤田作品はそうは見えなかった。本来感じられてもおかしくないはずの巨大さ故の強烈な圧が、この美術館内では妙に希薄なのである。

 それはおそらく、この美術館の特徴ゆえだった。部屋の角や壁との切り替わりに配置された白い曲面が、ちょうどホリゾントのように“隅っこ”を極限までに減らし、人が空間を認知するための基準点を喪失させている。本来であれば部屋の“隅っこ”が輪郭線となって、空間を計測する感覚的基準となってくれるはずが、この美術館ではその輪郭線が現れないため、広さが認知しづらいのだ。そして鑑賞者は比較対象としての建築をうまく見つけることができないまま、澤田作品自体には曖昧模糊とした絶対性のスケール感覚しか抱くことができず、代わりに何か神聖なものを観た、という感覚だけが残る…。このように、本来澤田作品が鑑賞者に与えるはずの強烈な圧を、村野のこの建屋が結託し、巧みに隠蔽しようとしているのではないか。それが展示館を後にして、思い浮かべた感想だった。


 建築物と作品が協働する時、発生する効果は何も「作品をもっと素敵に」という加算だけではない。負い目を隠すために鑑賞者をミスディレクション(誤導)することもまた、建築物と作品との協働の、あるいはそれを可能にする常設展という展示形式に仕掛けられた効果のひとつなのではないかと思うのだ。だから我々は常に目を見開いて観察しなければならない。展示はまるで奇術のように、巧妙に仕掛けられている。

 

会場

谷村美術館

 

・執筆者

吉野俊太郎

1993年新潟県生まれ。2019年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。現在は同大学院美術研究科博士後期課程に在学中。専門は彫刻、研究テーマは「操演」。主に台座、人形(劇)論、奇術などを調査している。2019年8月より東京都小平市にて共有スペース「WALLA」を運営中。





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