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  • 執筆者の写真これぽーと

高知県立美術館:美術館コレクションと常設展示室(溝渕由希)

 すっかり肌寒い季節になりました。気づけば、8月に始めたこれぽーとの活動も4か月目に突入して、レビュー数は20にまで増えてきました。毎週公開のルーティンも、いまのところは、レビュワーの方々の高いモチベーションに支えられて、順調に続けることができています。今年も残り2か月となりましたが、今後もこれぽーとをよろしくお願いいたします。

 さて、今日は高知県立美術館の常設展レビューです。執筆者の溝渕由希さんは現在、尾道市立芸術大学の油画コースに通い、油絵を学びながら、学芸員資格取得も志す方です。地元が高知ということもあって、高知県立美術館にへの一倍の関心と思い入れが詰まったレビューになっています。訪れたことがある方も、ない方もぜひご一読していただければ、幸いです。(南島)

 

 JR高知駅から路面電車に揺られ約30分。南国土佐の夏空に水辺に浮かぶ土佐漆喰の土蔵を思わせる施設は、1993年開館の高知県立美術館である。エントランスへ向かう道は施設じゅうを流れる水庭に面しており、近くの川から風が心地よく感じられる。

 高知県立美術館は、芸術文化の発信地として地域の文化振興にも力を注ぎ、能楽堂での催しや国内外の様々なジャンルを紹介する企画展を開催している。収蔵コレクションは、マルク・シャガールの油彩画と版画作品、郷土ゆかりの写真家・石元泰博の作品と愛用品などを中核とし、この二大コレクションは、定期的に入れ替えが行われながら専用の展示室で常設展示されている。

 入り口を通って正面の壁には、フランク・ステラの立体作品《ピークォド号、薔薇蕾号に遭う》が飾られている。身長よりずっと高く大きいこの作品は、複数の薄い金属板でできており、様々な色と形がうねりながら動き回ったような、立体的躍動感のある姿をしている。大理石調のフロア全体が、作品の雰囲気とともに印象づけられてしまうような、来館者の視線を惹きつける存在感であった。

 この美術館ではエントランスだけでなく様々な箇所で、施設に空間としての魅力を感じることができる。コレクション展示のため設計された「専用展示室」にも設計の意匠が見られた。

 今回訪れたのは、本館2階にある常設のシャガール展示室(*1)と石元泰博展示室。高知県立美術館で「専用展示室」と呼ばれる場所である。

 シャガール展示室は、軽く見渡せるくらいの広さ、落ち着いた照明と全面赤の壁が特徴的で、作品の色味や額の煌びやかさも加わり、他の展示室よりも少し豪華な雰囲気をしている。中央のソファに腰掛けて作品をゆっくりと眺めることもでき、展示空間そのものに華やかな魅力がある。この専用展示室はシャガールの作品で満たされ、彼の描く世界に心ゆくまで浸れる場所であった。

 室内へ入ると同時に見える奥の壁には、常設公開で油彩画5作品が並べられている。それぞれ時期の異なる作品は、年代順に紹介の解説がつけられ、シャガールの辿った人生を追うように見ることができた。シャガール作品に関して、版画を数多く収蔵している高知県立美術館だが、油彩画もどれも興味深い。

 中でも印象に残ったのは《花嫁の花束》。画面全体に広がる赤のインパクトが強い作品で、鮮やかな青と黄の男女の姿と、手前には大きな花束が描かれている。

 本作は1934年〜1946年という長い期間をかけて制作されたものである。この期間には第二次世界大戦の勃発とアメリカへの亡命、最愛の妻であったベラの死など、シャガールの人生にとって不穏な出来事が起こっている。男女を祝福する様子を描いたこの作品がなかなか完成に至らなかったのは、そうした出来事も影響していたのかもしれない。のちにヴァージニアという女性の献身により作品は完成を迎え、フランスへも帰国することができ、そして彼女との間に息子も生まれている。

 愛の画家と言われたシャガールの人生の一部を作品中に見ることができるようで、壁面の赤よりいっそう、絵の具の赤が生々しく感じられた。

 また、2020年度は「手彩色の世界」をテーマに、会期を5回に分けてコレクション展が開催されている。この期間は「シャガール・コレクション展 聖書3」の展示で、全105点ある《聖書》版画のうち、ストーリーの終盤35点の版画が紹介であった。

 展示されていた《聖書》の版画は、旧約聖書の物語の挿絵本として依頼されたもので、並べられた版画のひとつひとつに描かれているのストーリーの元を紹介するキャプションが付けられていた。作者や作品背景の説明は入り口の横に軽くまとめてあり、あとは物語を読むように順番に版画を見ていくことができる。

 シャガールの作品はどれも、自由な色と形を持ち、世界観には幻想的な魅力があるように思う。旧約聖書というテーマは、ユダヤ人であった彼が幼い時から関わってきた重要なイメージの源泉であったようだ。版画を物語の挿絵として展示する形式は、まるで絵本のように文と絵を結び鑑賞者にその物語の世界を伝えてくれる。それぞれの版画からは、色形や雰囲気を通して、彼の見ていた旧約聖書の世界を感じられるようだった。

 場所を移動して、石元泰博展示室は、シャガールの展示室とは大きく様子が変わり、白く明るくモダンな姿をしている。展示室の全体を均一に照らす照明と、装飾性の少ないシンプルな額装が、石元泰博の写真作品のもつ画面の魅力を一層引き立てていた。

 石元は、アメリカ・サンフランシスコに生まれ高知県で育ち、高校卒業後に再び渡米、太平洋戦争中の収容所生活を経て、写真技法を学ぶ。モダニズム的視点で日本の伝統美を捉えた写真家として評価され、多くの建築家の作品も撮影している。

 石元泰博に特化したこの展示室には、彼の愛用していたインテリアが展示され、ブースの一部で住んでいた部屋の様子が再現されている。資料と展示室とのマッチングを大切にしているのであろう、再現された部屋と展示室内は段差により区切られてはいるが、一体となって展示室の空気感を構成していた。

 展示のタイトルは「石元泰博・コレクション展 選挙」である。今年と同じく大統領選挙が行われた1960年当時のアメリカの街を撮影した写真が公開されていた。モノクロのフィルムによる写真は、当時シカゴで行われた選挙活動の人々が力強く活動し声を上げる様子を、生き生きと伝えてくれた。

 彼の写真が生み出すシャープさと彼の周囲にあったモダンデザインの様相、これらの調和した展示室空間が石元泰博作品を実に魅力的に紹介している。

 今回紹介に挙げたように、高知県立美術館がこれまで大切に継承してきた二大コレクションは、「専用展示室」によってさらにその魅力を増している。このコレクションと展示室の関係性のように、コレクション展示のために構想し設計された常設展示室という場所では、美術館の持つコレクションへの愛をどこよりも体感できるように思える。その美術館に込められた想いを展示室の中に探る気持ちで、さまざまな常設展示へ足を運ぶのも楽しいだろう。


*1 現在隈研吾展を開催中のため、来年の1月16日までシャガール展示室(第一展示室)ではシャガール作品をご覧いただけません。

 

会場・会期

高知県立美術館

シャガール・コレクション展 聖書3

2020年08月25日から 2020年10月25日まで

石元泰博・コレクション展 選挙

2020年09月08日から2020年10月25日まで

 

・執筆者

溝渕由希

高知県出身。現在、尾道市立大学 芸術文化学部 油画コース3回生。美術館や博物館といった施設、アートイベント巡りが好きです。憩いの場として生活と隣合うような施設に魅力を感じています。


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