top of page
  • 執筆者の写真これぽーと

西洋美術館 旧浪華倉庫:かつての倉庫を活かした大空間で感じる、工芸作家たちの新しい表現の挑戦(豊平哲平)


「運河の街」で知られる、北海道小樽市。昨年度はおよそ400万人が訪れた観光地です。

かつての小樽は北海道の物流の拠点として大変栄えていました。その繁栄ぶりを運河沿いにならぶ石造りの倉庫が象徴しています。


小樽芸術村の施設の1つ、西洋美術館もかつては倉庫として使われていました。昨年の4月にオープンしたばかりの館内にはヨーロッパやアメリカで制作されたガラス工芸品や家具、ステンドグラスなどの作品がおよそ600点展示されています。

周辺風景

美術館外観


コレクションの中で多くを占めているのが、19世紀後半から20世紀初頭、「アール・ヌーボー」や「アール・デコ」と呼ばれる芸術運動の影響を受けた作品です。


アール・ヌーボーはフランス語で「新しい芸術」を意味する言葉です。ヨーロッパやアメリカの工芸作家たちは伝統的な芸術表現に反発し、新たな表現をを探して自然界にある有機的なデザインにたどり着きました。西洋美術館でも、アール・ヌーボー時代の作家が動植物をモチーフにして制作したデザインの器やランプを鑑賞することができます。


モチーフは魚や昆虫などのヨーロッパやアメリカで自生する動植物に限らず、ゾウやシロクマなどヨーロッパやアメリカでは見られない動物たちもモチーフになっています。身近な自然に飽き足らず地球規模まで及んでいたモチーフに対する探究の拡がり、それを可能にした当時の博物学の発展を感じます。


表皮のしわや枝まで1つ1つ丁寧に表現されています。細部まで観察する洞察力をともなった作家の観察眼を感じますが、それだけではこの精緻さに達することはできません。繊細な表現を実現するための、技術に対する探究もありました。例えば、下図の《白熊文化器》ではカメオ彫と呼ばれる浮き彫りの技術が使われています。


色を付けたガラスの下地に別の色を付けたガラスを上から覆い、腐食などの化学現象を利用して凹凸を付けることで、多様な色合いを表現します。


アール・ヌーボーでは作家たちによって新しいデザインの探究とともに、細部まで観察したモチーフを表現するための技術探究も行われていました。展示されている作品からはモチーフだけではなく、新たな技術を追い求めて奮闘した作家たちの挑戦の過程も知ることができるのです。


ワルター《ザリガニ文トレイ》1920年代

ガレ《白熊文花器》1918~31年


アール・ヌーボー時代の作家たちの探究心は自然界の有機的なデザインだけではなく、異文化にも向けられました。


例えば《風雨樹林シリーズ》の器では、雨が黒く、細い線で表現されています。歌川広重の浮世絵にも同様の表現があり、雨の表現が日本の浮世絵から影響を受けていることが分かります。日本との交易が増え、江戸時代の浮世絵や器のデザインは新しい表現を探していたアール・ヌーボーの作家たちに大きな刺激を与えました。西洋美術館のコレクションではこうした影響を感じられる、葛飾北斎の《北斎漫画》に影響を受けた器や松と鷹が描かれた花器などを鑑賞することができます。


ドーム《風雨樹林花器》

ガレ《鯉と植物文鉢》


新しい表現を求めて、身近な動植物や異文化にデザインのヒントを求めたアール・ヌーボーの潮流ですが、時が経ち工芸品に機能性が求められるようになりその勢いは衰えていきます。簡潔で力強いデザインが好まれるようになり、そのようなデザインを探究した時代はアール・デコと呼ばれており、西洋美術館でも多くの作品が収蔵されています。


ラリックの《伏せる猫》と《座る猫》もその1つです。色は無く、透明なガラスで猫の肉体を隅々まで表現しています。事物を細部まで観察しているところや、それを表現する技巧は、様式の違いはあれどアール・ヌーボーの精神が受け継がれていることを感じることができます。

(左から)ラリック《伏せる猫》と《座る猫》1932年


美術館を歩いていると、その広さと天井の高さに驚かされます。この大きな空間を支えているのが「木骨石造」という構造です。木骨石造は石(凝灰岩)で作られた外壁を木造の骨組で支える構造で、小樽の景観をつくっている石造りの倉庫はこの構造によるものが多く占められています。この大空間を活かして西洋美術館では、巨大なステンドグラスやアール・ヌーボーやアール・デコの作品が生活で使われている様子を部屋ごと再現した展示も行われています。


西洋美術館がある浪華倉庫はアール・ヌーボーやアール・デコが盛んだった頃、1925年に建てられました。場所や役割は違えども、同じ時代に人々の生活を支えた倉庫と工芸品が、およそ100年経った現代の小樽で出会いました。


美術館内観


かつての倉庫という特徴を活かした大空間は工芸品を心ゆくまで堪能し、新しい表現を探究を続けた作家たちの向上心と、それを表現するために磨かれた技術を再発見させてくれる美術館に生まれ変わったのです。

 

会場・会期

西洋美術館(旧浪華倉庫)常設展示

常時

 

・執筆者プロフィール

豊平哲平

1993年、北海道札幌市生まれ。2017年室蘭工業大学卒、宮城県で教育系のNPOに勤務した後、22年からライターとして活動。23年「板チョコの日」で第1回 防災100年ものがたり入選。北海道在住。活動理念は「言葉を届けて、人々が精神的に豊かで平和に暮らせる社会を作る」。芸術は精神的な豊かさの源であると考えており、人々が芸術と親しむ機会を創りたいと思い、本活動に参加。好きな画家は葛飾北斎と東山魁夷。





bottom of page