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  • 執筆者の写真これぽーと

すみだ北斎美術館:「絵を描きたい」と思わせる画家(藤澤まりの)

私は絵を描く人間である。

 というといささか大げさかもしれない。私は絵画・イラスト制作を専門的に学んだこともなければ、部活動が美術部だったこともなく、毎日何時間も絵を描いているというわけでもないし、誰かに見せるほどの絵は描けないのだから。

 しかし一応、幼いころからずっと、趣味の一つに「絵を描く」が入ってはいる。

そんな私にとって、北斎の作品は「鑑賞」というより「勉強」の対象であった。


 よく晴れた土曜日の午後、たくさんの子供や写生をする人々でにぎわう公園内に建つ、すみだ北斎美術館を訪れた。歴史好きとして企画展「北斎で日本史」に行かねばと思ったからだ。正直に言えば、常設展はおまけと考えていた。

 お目当ての企画展はもちろん素晴らしく、とても満足した。しかし、常設展の衝撃がそれを上回ってしまった。


 4階左手の展示室が常設展の会場である。黒を基調としたデザインで天井に星のような光が瞬く薄暗い展示室は、まるでプラネタリウムだ。北斎の年齢ごとに分けて作品が展示されており、彼の作品の根本に優れたデッサン力があることや、晩年の心境の変化などがよくわかる。

 この部屋自体もカッコイイので圧倒されたが、私がもっとも感動したのは、「5 絵手本の時代」のコーナーにある「北斎絵手本大図鑑」である。タッチパネルを用いて北斎の絵手本の見方を学んだり、絵手本で遊んだりできるものだ。

 北斎の人物の「描き分け」に注目したページが特に印象に残った。書道の楷書・行書・草書の三書体の違いを絵の描き方の違いに当てはめた『三体画譜』や、北斎が描いた人物の痩身/ふくよかという体格の違いなど、彼の「描き分け」を見比べることができる。彼の画風の幅広さに感心すると同時に、キャラクターの特徴をきちんと描き分けられる能力は絵を魅力的にするよなあ、私も人物をみんな同じ体格で描いていてはいけないなあ、と反省する。


 丸をパズルのように配置して犬やカエルの形をつくるゲームでは、北斎が『略画早学』で提案した「コンパスで取ったアタリをもとに絵を描く」方法を体験できる。丸々としたカエルを下から見上げるようなあの構図はコンパスを使って描いていたのか、と、彼の発想と画面の作り方に感嘆する。

 北斎作のキセル・着物の図案が実際にそれらの製品に使われたらどんなデザインになるのか、自分の好きな図案であれこれ試せるコンテンツは、まるでカタログのようだ。平面で見る図案と立体物上の図案は印象が違っていて、自分が絵を描くときの服や家具の模様・装飾について考えさせられる。


 この「北斎絵手本大図鑑」コーナーは、おそらく主に子ども向けで作られたものだろう。 しかし、北斎の作品をただ見るのではなく、ユニークな観点を教えてくれたり、著作の性質に合った体験をさせてくれたりするこのコーナーは、大人にとっても非常に面白い。

 特に絵を描く人にとっては、北斎の画家としての能力の高さや仕事の幅広さを、身をもって感じられるコーナーなのではないだろうか。

 学芸員養成課程で美術館をつくる側のお話も聞いてきたので、デジタル機器にはこんなに素敵な使い方があるんだなあ、というやや運営目線の感動もあった。省略なしのキャプションを何ヵ国語も収録できるのもデジタル機器ならではの長所だろう。一方で、キャプションがタッチパネルに収録されていたことには短所もあるように思えた。同時に解説を読める人数がタッチパネルの台数分(1区画につき2台)に限られてしまう点だ。壁に解説が貼られていれば、より多くの人が同時に解説を読むことができる。実際、タッチパネルの前に人が列をつくる場面が見られた。どの展示方法にも長所と短所があると思う。これから美術館・博物館を訪れるときには、デジタル機器をはじめとした展示方法の工夫と効果にも注目していきたい。


 右手の「常設展プラス」の展示室には、『北斎漫画』や絵手本のレプリカを手に取って読むことができる<『北斎漫画』ほか立読みコーナー>がある。 植物、動物、伝説上の生物、武具、日用品、さまざまな職業、変顔集、踊りの動作、……どこを見ても生き生きとした絵がページいっぱいに詰め込まれていて、先述のコーナー名にも使われていたように、まさしく絵の「大図鑑」であった。 これはこうやって描くのか!人間の動きってこうなってるのか!という驚きが何度も訪れ、夢中になって読んでしまった。『北斎漫画』が国内外で絵の手本にされたという話も納得である。私もすべてのページをなぞり描きして練習したいと強く感じた。 実際にレプリカ本に触れることで、北斎の著作は「このお手本で描いてみたい」という気持ちにさせる本だということがよくわかった。

 

 ミュージアムショップでは北斎の絵手本の書籍が多数販売されている。また、コロナ禍で現在は予約制になっているため入ることはできなかったが、併設されている図書館にもたくさんの書籍が収められている。常設展で芽生えた「北斎の絵手本で絵を描きたい」という気持ちをさらに高めさせてくれる仕様だ。

 今回は衝動買いしなかったものの、私は近いうちに北斎の書籍を手元に置くようになるだろう。絵を「見る」ためではなく、「学ぶ」ために。

 

会場・会期

2021年12月21日から2022年6月12日

 

・執筆者プロフィール

藤澤まりの

都立大で社会人類学を専攻し、同時に学芸員養成課程・教職課程を履修しています。 これまでは地方に住んでいたこともあり大規模な企画展のみ見ることが多かったのですが、これからは「これぽーと」をきっかけに多くの常設展を見に行きたいと思っています。

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