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弘前市立博物館:現代グローバル美術館 vs(?)地元密着博物館(みなみむさし)

これぽーとでは初となる東北地方の常設展のレビューを公開します。執筆者のみなみむさしさんは、北海道函館市にお住まいで、北海道や青森の美術館によく足を運ばれている方です。また見るだけでなく、丁寧に、そして淡々と展示の感想をツイートも長い間されてきています。今回は、ご自身とも縁のあるという弘前市立博物館の常設展について、レビューしていただきました。(南島)

 

 コロナ禍による開館延期があったものの、6月の弘前市民~青森県民のみを対象とした予約制開館を経て、弘前れんが倉庫美術館(以下:れんが倉庫)は7月11日(土)にグランドオープンを迎えた。筆者も御多分に洩れず、早々に開館記念春夏プログラム『Thank You Memory – 醸造から創造へ –』を鑑賞した。国内外でその名が知られ活躍を続けるアーティストが何名も招聘され、前身である吉井酒造煉瓦倉庫からの歴史や弘前・津軽に住む人々の現在などを伝えるといった展示で、当初抱いていた期待にほぼ違わず興味の惹かれる内容であった。しかし、今回レビューするのはれんが倉庫ではない。そこから20分ほど西へ歩くか、土手町循環100円バスで5停留所進んだ先・弘前公園内に建つ、弘前市立博物館である。


 本館は、前川國男設計の建築である。弘前市内にはほかにも処女作である木村産業研究所をはじめ8ヶ所で前川建築を見ることができる。さらに個人的な話ではあるが、初めて鑑賞した建築展覧会が「前川國男建築展」であったり、東日本大震災には横浜市教育文化センターの中で遭遇するなど、前川建築は何かと筆者にとって特別な存在となり得ることが多い。

 今回レビューする弘前市立博物館は決して規模は大きくはない。けれども、本館は弘前市内や津軽地方での考古・歴史・民俗・美術等々に関わる資料の収集・研究・展示を40年以上にわたり地道に担ってきた博物館である。


 館内ロビーに入ると、地元の工業高校生が制作した博物館建築の模型や、建設の前史から竣工後の館内外ディテールの特徴を物語る掲示が貼られている。



 当初は市立ではなく、県立の博物館建設の請願が採択されていたことには少々驚いた。身近な博物館でもその歴史は知っているようで知らない。


 さて、展覧会へと足を踏み入れていきたい。タイトルは「津軽アーティスト列伝」展である。

 はじめに断っておけば、本展は常設展とは銘打たれていない。しかし、展示作品のほとんど、数としては59点中51点が弘前市立博物館自館蔵のものであり、実質的には広義のコレクション展として捉えて差支えないだろう。また正確ではないかもしれないが、一般的な企画展の場合には、本館では特別企画展に割り振られている。当初この時期に開催予定であった自館以外の美術作品による特別企画展が、れんが倉庫同様にコロナ禍の影響を受け年度内中止となったため、5月10日までとされていた会期が大幅延長になり、そして「Thank You Memory」展とは2日間だけ会期が重なり、開館早々迎え撃つ(?)格好となった。

 

 「津軽アーティスト列伝」展については博物館ホームページに以下のような解説がある。


 「本展では津軽にゆかりのあるアーティストによる「アート」を縄文時代の土器から、佐野ぬい、奈良美智といった現代作家の作品まで、ジャンルを問わず展示します」


 本展を見た印象としては、この紹介で省略されている、近世:小川破笠、今村溪寿、新井晴峰といった、江戸幕府お抱えであった木挽町狩野派の影響が見られる弘前藩のお抱え絵師、さらに近代・明治以降に津軽で活躍した日本画家たち:平尾魯仙~三上千年~野沢如洋の系譜を特に重点的に伝える展覧会だと映った。


 本展を訪れるまで、小川破笠については全く知らなかったものの印象に残った。《関羽図》では、その特徴的な冷艶鋸(れいえんきょ)と呼ばれる青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を左脇に抱え立つ姿を低めの頭身ながらも勇ましい表情で描写。また俳諧や漆工芸でも多才さを発揮した人物でもあるようだ。帰りに検索してみると、Twitterでも作家名をあげてツイートされてる方が多く、人気の高さが伺えた。実際に、関東圏での展示機会も少なくないようだ。


 さらに今村溪寿《鯉登図》は、江戸時代後期の木挽町狩野家の画風でもあった膨大な古画模写や写生による緻密さ・堅実さからも影響を受けたであろう、ぎょろっとした両眼や鱗・鰭の細かな描き具合に惹きつけられる一作である。


 より後の世代である、蔦谷龍岬や竹森節堂といった、東奥美術社を取り巻く絵師たちの作品にも好感が持てるものが見られたのは嬉しい誤算であった。


 後半の洋画で特に目立っていたのが、今純三である。考現学で知られる今和次郎の弟で、近代銅版画の先駆者とも称されながらも、太平洋戦争中に51歳の若さで病死した事もあり、令和の現代では和次郎ほどの知名度が得られていない洋画家・版画家でもある。


 新劇女優・松井須磨子の甥が舞台小道具の楽器を奏でる姿を描いた、第一回帝展の入選作《バラライカ》。花柄幕の赤、着流し・頭髪の青、バラライカ・椅子・肌の黄、以上三原色を基本に彩色され、加えて何といっても、それら三原色を分厚く盛られたような絵の具が異彩を放っていた。筆者撮影の写真、博物館のポスター、ネット上の図版だと上手く伝え切れていないのがいまいち残念である。それ故、これぽーと読者の方々にはいつか一目でも見て頂きたい絵画として推していきたい。


 石版画集『青森県画譜』からの数点は《バラライカ》の下に置かれ展開されていた。兄・和次郎が考現学著作やそれらの挿画等々で現してきた観察眼や写生力を、弟・純三は風景画の世界で存分に発揮している。同時代に生きた川瀬巴水や吉田博ら、木版新版画の描写とも通ずる昭和初期の風景は、現在津軽・東北に住んでいたり愛して止まない方々にとっては必見といえよう。


 もう一名、女子美術大学で半世紀以上もの間制作や指導に携わり、同大学学長も務めた現役画家・佐野ぬいも、今回数少ない抽象画制作者の一人として特筆される存在である。出品された《速い青》《逃げる構図I》《バークレー・オールデイズ》の3点含め、ほぼどの創作でも見られる「ぬいブルー」もしくは「佐野ブルー」と称される鮮やかな青色は、海からやや離れた弘前では岩木山の裾野、さらにその上に広がる青空からの影響や発想であろうか。


 市立博物館に同じく前川國男が設計を手掛けた、弘前市民会館には原画を手掛けたステンドグラス《青の時代》が設置され、ぬいブルーが自然光と相まってさらに顕著な輝きを放っている様子がweb上でも幾つか見ることができうる。展覧会では出品作が何れも撮影不可で、市民会館にも今回入館が叶わなかったため、次回弘前公園を訪れた際には是非とも眼に焼き付けたい。


 さらに博物館側が「いのっち」と大々アピールする、縄文時代後期に造られた猪形土製品が、途中動線の中心に据えられる形で展示され愛嬌を振りまいていたのだが、撮影するのをすっかり忘れてしまった。こちらも2度目の入館を果たした際に、忘れず撮りたいと考えている。


 津軽地方出身であったり、弘前藩・津軽家との関わりの深い絵師・アーティストといった括りによる構成のため、総花的ではあったものの、地域に長年根差してきたミュージアムとしての矜持を感じさせた企画展であった。弘前れんが倉庫美術館が大々的に開館を迎えた中、今後も地域における、主に近代以前の美術分野を担っていくであろう活動・活躍ぶりに期待したい。


・参考文献

「津軽アーティスト列伝」展示室内説明キャプション

UAG美術家研究所 https://yuagariart.com/uag/ (最終アクセス日:2020年11月15日)

文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/index.php (最終アクセス日:2020年11月15日)

 

会場・会期

弘前市立博物館「津軽アーティスト列伝」展

2020年4月4日から7月12日まで

 

・執筆者

みなみむさし

函館市出身。小学生時代は近所の美術館にほぼ毎展覧会足を運ぶものの、自身の制作技能は全く向上せず。某私大卒業後、職場近隣でのミュージアム開館ラッシュでアート熱が再燃し、日本近現代美術や建築展中心に鑑賞。函館にUターン後は北海道南や青森県内中心に少ないながらも機会継続、現在に至る。


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