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  • 執筆者の写真これぽーと

横浜ビジネスパーク:保土ケ谷で放たれ続けるバブルの輝き(みなみむさし)

唐突ながら、横浜ビジネスパーク(YBP)をこれぽーと読者の皆様はご存知だろうか。日本経済がバブル景気へと突き進んで行く中、日本最大の製瓶工場の跡地が野村不動産の主導で再開発され、民間企業各社が入居するオフィス街・研究拠点として1990年に開業された街区である。


ところで再開発に至るまでの歴史を辿っていくと、少々複雑な運営企業の変遷を経たことが見て取れる。1897年、当時の神奈川県橘樹郡保土ケ谷町内に東京麦酒によりビール・製瓶工場が建設され、1907年には同業の大日本麦酒からの買収を受ける。1916年には隣接地で日本硝子工業の保土ケ谷工場が操業を開始し、その僅か4年後に大日本麦酒が併合し製瓶に特化した工場として再編される。


さらに1936年、大日本麦酒から分離独立し設立された日本硝子の横浜工場となって戦後も長らく稼働が続けられたものの、1985年の全面閉鎖を経てYBPの開業が実現した。


相鉄線の天王町駅から程近く、同じ相鉄線の星川駅とJR横須賀線・湘南新宿ラインの保土ケ谷駅も利用可能なアクセス至便の立地で、新たな棟が増築されたりテナントの多少の入れ替わりなどを経て、開業から30年以上が経った現在でも大小10もの建築が立ち並ぶ偉容を誇っている。加えてイタリア人建築家マリオ・ベリーニが設計した「ベリーニの丘」を中心とした建築・広場・歩道の個性的な配置や意匠もあってか、テレビドラマやCM・ミュージックビデオなど多数の映像作品の舞台ともなってきた。



にもかかわらず、横浜市内東部で15年以上生活し、ごく短期間ながら通学に相鉄線を利用した事がある筆者でさえ、2023年4月の刊行早々に拝読した浦島茂世の著書『パブリックアート入門』を読むまでは殆ど存在を知らなかった。保土ケ谷区在住者以外の多くの横浜市民にとっても、筆者同様に知る機会はなかなか訪れないかもしれない。


『パブリックアート入門』でこのYBPが取り上げられた理由は、敷地内の屋内外様々な場所に、大小や具象抽象問わず数十点に及ぶパブリックアート作品が設けられているためである。入居企業に勤務していたり、商談や散策で訪れる人々の目を長年にわたり楽しませてきた。これぽーとが対象とする、いわゆる美術館での展覧会ではないものの、ある意味では最も開かれた「常設」の美術作品として、YBPのパブリックアートは捉えられるはずである。


「横浜ガレリア」とも呼ばれる、これらアート作品の構成は三和酒類「いいちこ」や営団地下鉄のポスター等で知られるアートディレクター・河北秀也によって手掛けられた。作品の設置にあたっては「ユーモア」をコンセプトとして、当時の大家から若手に至るまで国内外からアーティストを選定したそうで、開業当初には彼らの作品で構成された展覧会も数回程度開催されている。


YBPとは直接の関連性はないものと思われるが、開業から10年以上経った2001年に第1回が開催され、この3月で8度目の開幕を迎えた横浜トリエンナーレ2024への入場を前にした朝の散歩も兼ねて、初めて訪れてみた。その間に拝見したアート作品を何点か、筆者の独断と偏見による選択となるものの紹介していきたい。


籔内佐斗司《犬も歩けば…》


『パブリックアート入門』では中心に据えられた、列を成して歩いて行くわんちゃんたち。作者が「せんとくん」デザインで知られるよりも前に、その異才ぶりが存分に発揮された作品である。


JRいわき駅前、松戸競輪場、秋田県立近代美術館などの周辺にも同種の犬彫像が並んでいるとの事だが、こちらYBPのは何匹かが他にはない様態を見せているので、実作を見た上でご確認いただきたい。


明地信之《エデン》


全国各地の様々なパブリックアート彫刻を手掛けているそうだが、当時まだ20代での抜擢に至り制作されたのは、象の頭から顔にかけてと左右の牙だけが模られ、本来特徴的である筈の長い鼻や大きな耳が省略された姿が何頭も立ち並ぶ、かなり異様な光景である。


安藤泉《犀-2》


明地同様に全国各地の様々なパブリックアート彫刻を手掛け、母校の東京芸術大学や多摩美術大学・金沢美術工芸大学で指導にあたってきた立体作家である。近接して設置された明地の動物立体とはだいぶ異なり、オーソドックスな姿で犀の全身を表現している。


堀内正和《水平と垂直に犯された球》


生前から没後20年以上経った昨今に至るまで大規模個展・回顧展が開催されてきた、1990年代・平成最初期の当時を代表する立体作家の一人。同じ横浜の相鉄本社ビル前にYBP開業よりも数年早く設置された《動きだす球》よりもずっと小ぶりながら、シンプルな造形美と金色の色彩・反射では負けず劣らず。


建畠覚造《スパイラル-6》


堀内と並び称される、1990年代・平成最初期の当時を代表する立体作家の一人(建畠が8歳年少)。堀内のシンプル造形や金属光沢強調とはまた異なる、「ユーモア」を感じさせる落書きめいた形状を黒一色のみでまとめ上げるセンスは、常設他作家の作品ではあまり見られない部分である。


クラウス・カンマリーヒス《タイガー》


写真や動画にも携わり、YBP開業の数年後にはラフォーレミュージアム原宿での個展も実現させたドイツの大御所級作家による動物立体である。石材かセラミックとみられる薄く細い素材で表現された独特すぎる虎の目鼻口・毛並みの表現は、明地作品にも引けを取らない強いインパクトを放つ仕上がりに。屋外設置で脆そうな部分が見られるものの状態は良好で、欠けや褪色した様子があまり見られない点も好感が持てた。


ユルゲン・ゲーツ《テレパーティー》


写実に近い動物描写で目を惹かせる明地や同じドイツ出身のカンマリーヒスに対し、こちらはあくが強めでキッチュさも感じさせる人物描写で勝負。特にドイツ南部には、ゲーツが手掛けた多数のパブリックアートが存在するのだとか。


関根伸夫《風景の象嵌-円》


関根伸夫《空相-風景の指環》


「もの派」の雄も中規模の抽象立体を屋内外にそれぞれ1点ずつ提供している。特に《風景の象嵌-円》は屋外設置ながら鏡面部分の輝きがほぼ失われておらず目立った傷もあまり見られないため、大きな穴の空いたリング・ホイール状とも一見錯覚するような見た目を保ち続けているのは秀逸と言えよう。


以上で紹介した立体作品はほんの一部に過ぎず、他にも立体・平面合わせて40点ほどものアート作品がYBP屋内外の至るところに点在している。これらの設置・展示場所が明示された案内図は現在までのところ制作・公開されていないようなので、宝探しやスタンプラリーのような感覚でパーク内を巡っていくのも一興である。


また制作当初より劣化や褪色が顕れにくい良質な素材が多く使われているのか、あるいはメンテナンスや清掃が頻繁に・念入りに行われているからなのか、経年劣化があまり見られず比較的良好な状態を保ち続けている作品が多いのも好印象であった。


一方で筆者が調べた限り、展示作品の大半が男性作家によって制作されたものであるため、ジェンダー平等の観点などを考慮に入れるべく新たな作品の設置・公開も今後議論の対象となり得るかもしれない。


なお個人的には、屋内で展示されている絵画作品を殆ど拝見できなかったため、再訪の際にはそれらを欠かさずに拝見していきたいと考えている。


筆者自身は横浜を離れ地元・函館に戻って久しく、なかなか頻繁に尋ねる事が叶わなくなってしまったが、一般的な屋内作品中心の館とは一味も二味も異なる存在である常設展示ミュージアムの一つとして、機会があれば度々訪れる事をお勧めしたい。


 

主要参考文献・ウェブサイト


浦島茂世 著『パブリックアート入門』(イースト新書Q・2023年4月)


渋沢社史データベース 内

「大日本麦酒(株)『大日本麦酒株式会社三十年史』(1936.03)年表」

経済メディア「Strainer」 内

「日本山村硝子の歴史」

株式会社 日本ベリエールアートセンター 内

「PROJECT : 野村不動産」

@ART 内「保土ヶ谷 HODOGAYA」

はてなブログ『ぶらりうぉーかー』 内

「【横浜 横浜ビジネスパーク】パブリックアートとオブジェをめぐる散歩をしよう!Vol.4」

FC2ブログ『ぶらっと遡上探索』 内

「Spot-124 保土ヶ谷『YBPパブリックアート』」

ウィキペディア ドイツ語版 内

「Kloes Kammicks」

「Jürgen Goertz」

(以上全て2024年4月22日最終閲覧)

 

会場

横浜ビジネスパーク

 

・執筆者プロフィール

みなみむさし

函館市出身。小学生時代は近所の美術館にほぼ毎展覧会足を運ぶものの、自身の制作技能は全く向上せず。某私大卒業後、職場近隣でのミュージアム開館ラッシュでアート熱が再燃し、日本近現代美術や建築展中心に鑑賞。函館にUターン後は北海道南や青森県内中心に少ないながらも機会継続、現在に至る。

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