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  • 執筆者の写真これぽーと

アーティゾン美術館:まるごとアートの体験空間(Naomi)

 久しぶりに京橋を訪れ、そのあまりの変容ぶりに驚いた。ここ数年で再開発が進み、中央通りに面してピカピカの高層ビルが立ち並ぶ。そんな風景が映り込むガラス張りの外観、2階まで吹き抜けのエントランスに、大きなガラス窓から燦々と日差しが差し込んでいる様子が、外からもよく分かった。中に入ると視線の先には、ずっと奥までミュージアムカフェのスペースが広がる。モダンなホテルのロビーのような、高い天井と幅広いグレーの石の階段、石のキューブを積み上げたような壁面。明るく開放的だけど落ち着く、という不思議な第一印象だ。


 展示室は4~6階。石の階段の奥にエスカレーターが隠れていて、2階にはロッカースペースとミュージアムショップ、チケットの確認は3階だ。荷物を預けて自動ドアをくぐり、柔らかい照明が印象的な空間をエスカレーターに乗って3階に進むと、エントランスとは別の、3フロア分もの吹き抜け空間が広がっていて驚いた。

 フロア構成を巧みに利用し空間を贅沢に使いながらも、作品と展示空間を保護するためのゾーニングがしっかり行われている上、これから作品を楽しもうとする鑑賞者の期待感を上手に盛り上げる演出もされている。展示室に辿り着く前までに、この空間にすっかり魅了されてしまう鑑賞者も少なくないのではないか。国内の美術館・博物館では滅多に見ないセキュリティゲートを抜け、エレベーターに乗る頃には、現代美術を展示する先進的な海外の美術館に来たような錯覚を覚えていた。

 フロアの随所に見られたのが、アンティークの調度品のような上品なゴールド素材だ。無垢の真鍮カットパネルだという。壁はもちろん、展示室の入口である6階へ向かうエレベーターの中、自動ドアのフレーム、化粧室へのドアの手すりにも使われている。また、階数や施設を示すアイコンなどのフロアサインは、ネオン管のように細く淡く発光していて、白と真鍮のゴールド、石の壁面や円柱の空間に良いアクセントとなっていた。6階のエレベーターホールに着くと、さりげなく彫刻作品やベンチが配置され、隅々まで気になってしまう。


 私が訪れた時、5~6階は「琳派と印象派」展の会期中だった。同館のコレクションの核である印象派の絵画と、日本の琳派の名品を、都市文化を切り口に比較・展示するものだ。墨絵の掛け軸と重厚な装飾の額に収まる西洋画が並び、俵屋宗達≪風神雷神図屛風≫の前にエドガー・ドガの踊り子のブロンズ像が置かれた展示風景は、意識するとかなり新鮮だが、案外違和感がなかったのは、現代人の感覚ゆえだろうか。

 展示は全4章にわたり、琳派について、印象派について、とそれぞれを解説する章や、水の表現や間の描き方などの共通項から、琳派と印象派を比較解説する章などで展開される。個々の作品解説や、一部の収蔵作品以外は音声ガイドがないが、テーマごとで随所に解説パネルが並び、描かれた理由、モチーフの意味などを丁寧に説明していた。

 オリジナルで開発したというLED照明によって、《洛中洛外図屏風≫や≪江戸図屏風》、俵屋宗達の《蔦の細道図屛風》、《舞楽図屏風》など、屏風そのものが発光しているかのように美しかった。また、尾形光琳の《竹虎図》、酒井抱一の《白蓮図》や鈴木基一の《夜桜図》など、墨絵の繊細な表現もはっきりと伝わってくる。琳派作品が多めの展示室内は特に照明をかなり落としていたため、展示ケースのガラスに貼られた黒い文字のキャプションが少々読みづらいが、目立たないゆえ鑑賞の邪魔にもならない。一長一短ではあるが、絶妙なしつらえだと感じた。


 コレクションを中心とした4階の展示室に入ると、四方の壁に絵画作品が並び、その中央にコンスタンティン・ブランク―シのゴールドに輝くブロンズ像が置かれ、存在感が際立つ。奥には同館の創設者・石橋正二郎氏の故郷、久留米にゆかりのある青木繁《海の幸》や、坂本繁二郎の絶筆《幽光》、古賀春江らとの交流に関する資料や作品群を並べた特集展示が行われていた。コレクション展の作品群も、解説のキャプションは最低限で、文字情報はほぼ全て、音声ガイドを兼ねる公式アプリにまとめられている。館外でも利用できるので、鑑賞後にゆっくり見返すこともできるのはありがたい。

 また、同美術館が注目しているというオーストラリアの現代美術作品の中から、先住民・アボリジニによるアボリジナル・アート3点も鑑賞できた。アボリジナル・アートを鑑賞できる場は珍しく、同美術館のコレクションの幅広さを表している。ドロシー・ナバンガ―ディの晩年の作品《ミナミナの塩》は、横長で大きめの真っ黒なキャンバスに、細かな白いドットが縦横に散らばっていて、刺繡の模様のようにも、地図のようにも見える、不思議な抽象画だった。アボリジニたち独自の考え方”ドリーミング”で語られる物語のうち、祖先の女性たちが、オーストラリア中央部のタナミ砂漠にあるミナミナの地から旅をした痕跡が表現されていると同時に、タナミ砂漠にある塩湖の様子も描いているという。


 「琳派と印象派」展もコレクション展も、ともすれば分類して展示されがちな作品を絶妙なバランスでミックスしていたが、わたしは不思議と違和感を感じずに鑑賞していた。ついつい無意識でジャンルや作者、時代で分類して考えがちだが、全てのアートは大きな流れの中でつながり、現代にいたっている。その場を訪れ、直接作品を観賞することが貴重になりつつある今、展示室で存分に、自由に興味のままじっくりと、世界中の作品に向き合える時間の贅沢さを改めて実感した。

 また、収蔵作品の贅沢さは言わずもがな、リニューアルされた館内全体もそれらに相応しく非常に贅沢である。ビューデッキからも吹き抜けに面したロビーからも、刻々と変化する空模様や街並みがたっぷりと楽しめるし、ちょっとした空間すら絵になる場所ばかりの内装だ。ミュージアムショップで買えるオリジナルグッズや、セレクトされたアクセサリー、ミュージアムカフェのメニューまでぬかりない。

 エントランスで感じた、明るく開放的だけど落ち着く、という第一印象は、ぜひ定期的に観に来たいし、ミュージアムカフェだけでも利用しに訪れたい、という実感に更新された。ただ展覧会だけを見に訪れるのは本当にもったいないので、ぜひ時間に余裕を持って予約されることをお薦めする。

 

会場・会期

アーティゾン美術館「琳派と印象派」展、コレクション展

2020年11月14日から2021年1月24日まで

 

・執筆者

naomi

静岡県出身。スターバックス、採用PR・企業広報、広告、モード系ファッション誌のWebディレクターなどを経て、アート&デザインライターに。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。大学の芸術学科と学芸員課程で学び直し中。(note: https://note.com/naomin_0506


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