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アーティゾン美術館:進化し続けるDNA~石橋コレクションとその挑戦~(中田紗椰)

中田紗椰さんは、筑波大学の3年生で芸術学、特に近現代美術について興味をもたれている方です。アートライティングにも興味があり、その実践としてこれぽーとに参加していただきました。今回がはじめてのレビュー執筆になりましたが、コレクション展における西洋絵画と洋画の影響関係を中心に、新生アーティゾン美術館の先進性についてまとめています。(南島) 

 今年一月に開館したアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)は、株式会社ブリヂストンの創業者である石橋正二郎(1889-1976)による石橋コレクションを所蔵する美術館である。今回、レビュー執筆にあたり当館をはじめて訪問したのだが、新しく建設されたミュージアムタワー京橋の先進的なデザインは、入場前から展示への期待感を高めてくれた。


 リニューアルオープンにあたり、アーティゾン美術館では入場に時間制限付きの完全予約制が採用されている。他の美術館のように自由に入場することができない点は不便ともとれるが、これはコロナ禍においては三密回避の感染症対策に功を奏することになった。またチケットはQRコードをスキャンして認証されるために、非接触のまま入場することができる。このコロナ禍を見越したかのようなチケッティングサービスの導入は、アーティゾン美術館がハードとしての建物の新しさだけでなく、ソフト面においても、現代に対応した美術館であることを示すのに十分な証拠となるだろう。さて、展示室へと歩を進めよう。


 結論から言えば、「石橋財団コレクション選」の最大の特徴は、日本の洋画家と西洋絵画とを部屋ごとに区分せず、一緒に展示しているということにある。


 セザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》は、簡略化された造形と明るい色彩を放ち、この展示室がいかなるものなのか、そのものさしになる中心的な役割を果たしている。そのあとには、ゴーガンやモネなど印象派の代表的な画家が続き、この展示室は印象派をひとつのメインに据えた空間であることが明らかとなる。けれども、それだけではない。入口の向いの壁にも、明るい色彩と簡潔化された人物表現の作品が連続的に続く。つまり、鑑賞者は作品のキャプションを見て初めて展示室の意図に気付くだろう。西洋画の展示とのあるつながりのなかで、明治の洋画家の作品が並んでいることに。そう、このコレクション展では、日本と西洋の洋画の区分が、意図的に曖昧にされているのである。


 「青木や藤島などの洋画家たちの作品と、彼らがお手本としたフランスの画家たちの作品を一緒に並べたら光彩を放つだろう」


 こうした思いをもとに、第2次世界大戦後の社会の変動期に売りに出された戦前来の西洋美術を精力的に購入した石橋の意向を反映して、本展示室では印象派以降の近代西洋絵画と明治期の日本の洋画が、ともに並べられているのだ。


 ここに並ぶ黒田清輝や藤島武二、青木繁は、すべて明治期の洋画の雄であり、その地位を確立した人物たちである。とりわけ、黒田清輝の《針仕事》がフランスの印象派絵画と日本の明治期の洋画を結びつける役割を果たしている。本作は、黒田がフランス留学中に制作したものであり、モチーフにはフランスの小さな農村に住む女性が描かれている。黒田が師であるラファエル・コランから継承した、明るい色彩や動きのあるタッチ、輪郭線の排除された空間表現も相まって、鑑賞者は一見して、この作品はフランスの印象派画家が描いたものではないかと見紛う。しかしながら、壁続きに並んでいる他の明治期の洋画を見て、この作品が以降の日本の洋画に影響を及ぼした、日本の洋画の基礎といえる作品であるとも推測することができる。


 また、黒田と印象派を展示する流れの中で、白馬会に属していた藤島や青木が裸婦像を重視する姿勢や寓意表現の扱いに関して黒田から影響を受けていたことが理解できる。それを洋画の成立背景と言い換えてもいいだろう。さらには、黒田の技法がポスト印象派ではなく、印象派のような明るい色彩に西洋画の伝統的な画法を組み合わせた、いわゆる外光派の表現であったことも重要だ。白馬会を通して、それが明治期の洋画特有の脂っぽいくすんだ色合いと融合されることで、明るい色彩の中にくすみを残した画面が作られるようになったのである。


 したがって、本展示では鑑賞者と作品そのものを向き合わせる構成をとることで、洋画の成立背景の一端を視覚的に理解できる展示になってると言えるだろう。アーティゾン美術館は、建物こそ新しくなったものの、創設者である石橋の「言葉」を尊重することで、石橋コレクションの真価を引き出そうとしているのである。


 こうした近代における西洋と日本の影響関係に並行して、アーティゾン美術館では、近代美術を中心とした石橋コレクションと現代作家がコラボレーションして展示する企画「ジャム・セッション」が行われている。現在は、鴻池朋子の豊富な作品群と印象派とも時代を共有したギュスターヴ・クールベなどの作品との交流を見ることができる。近代美術における東西の影響関係を提示しようとした石橋の言葉を、新生アーティゾン美術館は、印象派の展示室で具体化するだけにとどまらず、現代作家との共演によって、美術館の内側に新しい外部との関係を見つけ出そうとしているのだ。


 リニューアルオープンを経て、ブリヂストン美術館はアーティゾン美術館に変化を遂げた。そこで我々はまず「生まれ変わった」という印象を受けることだろう。しかしながら、ジャム・セッションをはじめとした展示のなかに息づく思想は、西洋画家と共に展示することで日本の画家たちの魅力を最大限引き出そうとした創設者・石橋の言葉そのものである。アーティゾン美術館の建物やオンラインチケット販売の現代性は目覚ましく、美術館の向かうべき新しい姿を提示していると言える。それは、石橋美術館から連綿と続く、美術館としてのDNAの進化の結果なのである。

アーティゾン美術館「石橋財団コレクション選」、「ジャムセッション」

会期:2020年6月23日から10月25日まで

・執筆者

中田紗椰

筑波大学芸術専門学群美術史コース3年。近現代美術を主に研究している。