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アーティゾン美術館 ミュージアムカフェ:過ごした時間と共に、儚くも記憶に刻まれる"作品"(Naomi)

観ることに集中しながら歩き回るミュージアムでは、意外と体力を消耗し、併設されたレストランやカフェで休憩する方も多いだろう。中には私のように、展示の鑑賞とセットで訪れる目的・楽しみにしている、という方もいるかもしれない。


 先日、友人と展覧会を観た後に訪れたアーティゾン美術館のミュージアムカフェでは、展示室が見事に店内まで続いているような感覚になった。コースメニューが一皿ずつサーブされる度、料理はシェフというアーティストが生み出す作品だ、と改めて思う。彩りや盛り付け、うつわなど、見た目の話だけではない。香りや食感、温度、味わいと、五感がフルに刺激され、充実した鑑賞体験だった。何よりも食べてしまえるなんて、料理でしかできない。季節に応じて、何の食材をどのように選んで組み合わせ、どんな調理を施すのか。まさに美術作品を生み出す試行錯誤にも通ずるだろう。


 最も驚いた一皿は最後に現れた。そのデザートは、ついさっき展示室で見つめた、ザオ・ウォーキーの《水に沈んだ都市》をイメージしていることにすぐ気づいた。キャンバス全体に広がる淡いブルーのグラデーションが、円筒型のガラスのうつわの中にも続いてキラキラしている。シックなモノトーンの平皿が、一層魅力的に見せていた。

 メニューに写真はなく食材名だけが並んでいて、「文旦ゼリー」の文字からはなんとなく、淡い黄色のシンプルなビジュアルをイメージしていた。盛り付けを観察しながら、無言になって一口ごと味わう。ゼリーの吸い込まれそうな青色の正体は、ハーブの一つであるバタフライピーとブルーキュラソー。その下には文旦の果肉、コクのあるフロマージュブランと、さくさくのメレンゲ。さっぱりした文旦の果汁と、はちみつの甘さ、青山椒が絶妙なバランスをとっていた。

 多くの館で、展示作品にまつわるメニューの提供を行ってはいるが、この質の高さとコストパフォーマンスの良さには、食べ終えてしまうのが本当に惜しい、と思った。


 記憶をたどるとこのお店は、初めて訪れたときから少し特別な印象があった。窓が大きくて明るく開放的な空間。グラスやカトラリー、テーブルやイス、ソファといった家具。一つひとつを眺めると、抜かりなく吟味されたものしか並んでないと気づく。席につきお手拭きとして手渡されたハンドタオルからは、食事を邪魔しないほのかな香りがした。接客の距離感もちょうど良く、彼らの制服にも一歩引いたデザイン性を感じる。

 運営するのは、レストランやカフェ、ギャラリーなどを併設する飲食店を手掛ける企業、そして1990年生まれの料理長は、フレンチやノルディックなど幅広いジャンルのレストランで修行していたそうで、とても納得した。店舗がオープンする数か月前から、メニューの考案だけでなく、食器やカトラリーの選定、スタッフの面接なども担っていたという。

 誤解を恐れずに言えば、私は併設されたレストランやカフェの雰囲気から、ミュージアムはそのお店をどんな場所と位置付けているのか、ついつい推察してしまう。

 アーティゾン美術館がある京橋は、銀座と日本橋の間に位置し、老舗や名店と呼ばれるお店も少なくない。またお店が位置するのは館内のオープンスペースで、鑑賞チケットがなくても利用できる。ミュージアムのすぐ隣にある、というだけでは選ばれない。わざわざ足を運びたくなる理由が大切ゆえ、非常にこだわり抜かれているのだ。しかも、一人でも、友人や家族とでも、打ち合わせを兼ねて仕事相手と食事をするときでも、いろいろなシーンで利用できるのは魅力である。

 ちなみにこの日テーブルを囲んだ友人は、ギャラリーを併設した場で働いていてセンスが良く、目の肥えた年上の方。春に人生の節目を迎えてもいたので、日常の延長線上にありながら少し特別で、居心地よく過ごせる場所が良かった。久しぶりの再会で積もり積もった話をしながら、気兼ねなくゆっくり食事ができるお店を、と考えて選んだが、料理にも空間にも喜んでもらえて、2時間ほどの滞在も快適であっという間だった。


 美味しい料理と時間を味わうとき、声高な主張や奇抜な個性がある空間よりも、何もないくらい穏やかで落ち着き、細部まで行き届いている空間でもてなされる方が、はるかに豊かで心地よい、と私は感じる。

そもそも"ミュージアムだからできるレストランやカフェ"とは、どんな空間だろう。それは、主役が誰か、が大切なヒントかもしれない。作家が作品の細部までこだわって仕上げていくように、そのミュージアムならでは、を、日々些細なことの積み重ねで、丁寧にかたち作っていける人やお店を誘致・運営できたら、わざわざ足を運びたくなり、ミュージアムの魅力の一つになり得る。リニューアルオープンから2年、アーティゾン美術館のミュージアムカフェは、まさにそんなお店に育ちつつあった。


 一方で、ミュージアムによっては、立地や運営母体、来館者数の実情から、力を入れたくても難しい現実があることも理解できる。であれば中途半端に併設・運営しなくてもいい、と思いきってしまうことも必要ではないか。

 ミュージアムの主役は、貴重な作品やコレクションの数々と来館者との邂逅だ。そして来館者が快適に鑑賞でき、こころと記憶に刻まれる空間づくりができれば、おのずと人が集い、芸術作品が未来へ受け継がれていく場であり続けられるのではないか。


 

アーティゾン美術館 ミュージアムカフェ

営業時間 : 11:00-18:00(ラストオーダー ランチは13:30、カフェは17:30)

※祝日を除く金曜日のみ21:00まで

定休日:美術館休館日

 

・執筆者プロフィール

Naomi

静岡県出身。スターバックス、採用PR・企業広報、広告、モード系ファッション誌のWebディレクターなどを経て、アート&デザインライターに。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。大学の芸術学科と学芸員課程で学び直し中。https://lit.link/NaomiNN0506