これぽーと宛に届いた1通のメール。鳥取大学大学院の浦野さんという方からのレビュー寄稿の希望でした。すでに原稿を準備されていて、そのなかで、ご自身の研究分野でもあるアニメーションやサブカルチャーとも関連する、個性的な美術館をしっかりと分析されていました。私にとっても、これまで知らなかった旧校舎を利用したミュージアムでのフィギュアの展示は、発見の連続でした。ぜひ、お読みください。(南島)
○はじめに
鳥取県に小学校の旧校舎を利用したフィギュアミュージアムがあることをご存じだろうか。それも一般的な直方体ではなく、円形の空間が三段積み重なる珍しい校舎である。
正式名称を「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」(以下、フィギュアミュージアム)という。その施設は、もともと明倫小学校の円形校舎として1955年に建造され、1976年に別校舎へ移転するまでの間、学校として活用されてきた。近年では老朽化にともない、倉吉市が円形校舎解体の方針を固める動きもあったものの、保存活動の成果として、2018年4月からは株式会社円形劇場が運営する、新ミュージアムとして生まれ変わったのだ。
しかし、なぜフィギュアが選ばれたのか。その背景には、鳥取県がまちおこしの一環としてポップカルチャーの活用を積極的に推し進めていることがある。もともと『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる水木しげるや『名探偵コナン』でお馴染みの青山剛昌などを輩出する漫画大国である鳥取県は、より自分たちの文化を知ってもらうために「まんが王国鳥取」を標ている。ポップカルチャーによるまちおこしを推進しているのだ。また、実際にフィギュアメーカーのグッドスマイルカンパニーが2014年末には国内初の工場を倉吉市内に設けている。このように鳥取県は、ポップカルチャーへの寛容な風土を築いており、フィギュアミューアム創設へとつながったのである。
もちろん、その希少性の高さゆえの観光客増加への期待がフィギュアには込められているのだが、代表取締役の稲嶋正彦が述べるように「小学生の親子連れや若い世代といった層が多く集まる展示施設(*1)」を目指す当館は、より幅広い層の関心を集めるための工夫を感じることができる。さらには、後述する『ひなビタ♪』等を通して、倉吉市の文化との繋がりも見せることで、当館がこの土地に建ち、そして伝統のある学校を前身であるという歴史にも配慮した展示内容となっている。
○フィギュアミュージアム展示概況
本題に入る前に、簡単にフィギュアミュージアムの建物について紹介しておこう。当館は3階建てで、1階にはミュージアムショップ、GOODSMILE ONLINE SHOP出張所、イベントスペースの3つに分かれている。出張所にはグッドスマイルカンパニーが製作した①ねんどろいどのほか、同社制作のフィギュアが展示されており、2階では海洋堂のフィギュアを中心に恐竜、動物、ミリタリー、キャラクター、日本文化の5つが展示されている。また恐竜コーナーには②クラヨシラプトルが配されて、独特の存在感を放っている。最上階の3階には校長室(関係者以外立ち入り不可)とジオラマ体験が可能な体験教室・特撮ルーム、③円形校舎再現、ひなビタ♪ギャラリーがあり、ひなビタ♪ギャラリーではひなビタ♪の歩みをはじめ『ひなビタ♪』に関する豊富な展示を見ることができる。
○3つの注目すべき展示
三階にわたって、形態や時代も少しずつ異なる様々なフィギュアが展示されているが、特に以下の3つの展示が印象に残った。まず一つ目は「ねんどろいど」である。といっても、ご存じでない方も多いかもしれない。これは2006年よりグッドスマイルカンパニーというフィギュアメーカーが発売するシリーズものである。2頭身から2.5頭身ほどにデフォルメされたキャラクターの顔パーツなどを付け替えることができる可変的なフィギュアとして、ファンの間では人気を博している。『ORICON NEWS』によれば、古来の日本では埴輪・土偶を通じて人間を低頭身にデフォルメしてきたという。そしてこの潮流は、1980年代から90年代頃にもあらわれている。この頃には、『機動戦士ガンダム』や『仮面ライダー』などのポップカルチャー界のキャラクターをデフォルメすることでかわいらしさや、親しみやすさを想起させている(*2)。ねんどろいどでも、デフォルメを取り入れることでフィギュア固有のセクシャルな身体造形を軽減しながら、多くの年代に親しまれるようなフィギュアを生み出すことができたのである(*3)。
展示中のねんどろいどのキャラクターは、『刀剣乱舞』の登場人物と初音ミクが数多く展示されている。2007年に発売された音声合成ソフトウェアあるいはキャラクターを指す。初音ミクに至っては単体のキャラクターでありながら、およそ80種類の展示のうち3分の1を占めている。そのほとんどで、彼女のトレードマークであるツインテールが再現されている。髪の色は青緑系統が多いのだが、その色合いは濃い緑から薄い青まで多様性に富んでいる。さらに衣装は、ネクタイにノースリーブという基本的な姿のほか、コートからドレスまで衣装の種類は多岐にわたる。
もともと、2008年に販売された初期のねんどろいどの初音ミクは10万個以上売り上げを記録したヒット商品となり、ねんどろいどが広く認知されるきっかけをつくったという。さらに、グッドスマイルカンパニーの平瀬修太郎は「初音ミクは音楽からイラストまで、ユーザーが自由に創作するということが行われていますよね。だから2.5頭身にデフォルメしても、違和感なく受け入れられたんだと思います(*4)」とも述べている。
平瀬の示している内容も踏まえるならば、なぜ初音ミクの展示が充実している理由も自ずと明らかになるだろう。まずは初音ミクはねんどろいどの登場初期から人気のキャラクターであること。また、初音ミクというコンテンツが自由度の高いものであるが故に、その容姿を髪の色、衣装などを多彩に変化させることに対して違和感が生じにくいため、自分なりのバリエーションを開発できる。だからこそ、初音ミクはねんどろいどにおいて代表的なキャラクターとなっていることがわかる。
ねんどろいど(個人撮影)
昨今のフィギュアブームの一端を担うねんどろいどからすれば、古風な印象を与えるが、当館には「恐竜」コーナーがある。この二階の展示室に鎮座するのが「クラヨシラプトル」である。これは倉吉で発掘されたという架空の出自を持つ恐竜で、背丈は人の身長ほどあり、常設展示の中でも屈指の大きさを誇っている。全身は鱗で覆われ、足の指には太い爪が生えている。展示解説によれば、クラウドファンディングによって製作資金が集められ、海洋堂によって製作されたオリジナルのフィギュアであるようだ。特に鼻の傷が「チャーミングポイント」として造形されていることも記されている。
このチャーミングポイントである鼻の傷に加え、その眼が大きく見開いた造形であったことで、不思議とクラヨシラプトルに対して凶暴さを感じることはなかった。同コーナーでは「海洋堂」の手掛けてきた恐竜の食玩をはじめとして、水上・陸上に生息していた恐竜フィギュアで彩られている。が、それらはクラヨシラプトルとは対照的に、眼が細くて鋭いという共通点をもっているために、鑑賞者に与える印象はまさに現実に生きていた恐竜のごとく、表情の読めない怖さそのものとなる。したがって、クラヨシラプトルの場合は、一般的なねんどろいどのようなポップ・カルチャーにおけるキャラクター描写に寄せる形で、鼻に傷を入れ、眼を大きく造形することで、子どもたちにとっても親しみやすいキャラクターになっていると言えるだろう。
クラヨシラプトル(個人撮影)
かわいさを通して、1階のねんどろいど、2階のクラヨシラプトルに、キャラクターを誰にとっても親しみやすく、開かれたものにしようとする意思を感じ取ってきた。当館の最上階に待っているのは、そうしたキャラクターと来場者がともにある空間を共有している、という別の親しみを感じさせる展示である。
木製の机には教科書やノートが置かれ、壁面には黒板が設置されている。この「円形校舎再現」コーナーでは、旧明倫小学校の児童たちの自由研究が展示されるなどして、小学校の教室の様子を忠実に再現され、さらには円形校舎の歩みを振り返るために、かつての明倫小学校の様子を撮影した写真、フィギュアミュージアム完成予想図などが掲示されている。
円形校舎活用の歴史を振り返る展示だけではない。『ひなビタ♪』のキャラクターたちが円形校舎の教室に佇むイラストがあるのだ。『ひなビタ♪』はコナミデジタルエンタテインメントによるWeb中心の音楽配信企画として誕生した。倉野川市の日向美商店街の活気を女子高校生バンドの音楽によって取り戻すというお話である。同市と倉吉市とは2016年に姉妹都市提携を結び、まちおこしの場で『ひなビタ♪』が一層、活躍する機会を得た流れとなる。
本展示室では、『ひなビタ♪』の登場人物に見られる愛嬌を円形校舎の歴史と結びつけながら、フィギュアミュージアムに一層の親しみを覚えてもらうための仕掛けが施されている。それゆえに展示された『ひなビタ♪』のイラストは、円形校舎の歴史と 本館へ初めて訪れた人々を結ぶための媒介物として機能している。
言い換えれば、教室の様子を再現することで、かつての学び舎で過ごした人々にはその学校生活を思い出すきっかけをつくるとともに、『ひなビタ♪』だけを知る人々にとっても、通ったことのないはずの学校への思い出が立ち上がってくる。この二つの思い出が重なりあう空間として、この展示室はあるのだ。学校教育の拠点からポップカルチャーの拠点へ円形校舎が大きな変貌を遂げていることを身をもって実感することができるだろう。
展示室内様子(個人撮影)
○幅広い層に開かれたフィギュアミュージアム
三階までのぼり、その全容をゆっくりと堪能してきた。ここで、もう一度、鑑賞体験を振り返ってみよう。まず1階では、可変的な「ねんどろいど」が、ユーザーの好みに合わせた造形を実現しており、特に初音ミクはねんどろいどの普及という面でも、その代表格といえることが分かった。二階では、架空の恐竜クラヨシラプトルが恐竜のもつリアリティを追求するだけでなく、来館者にどれだけ親しみを持ってもらえるかを重要視した、いわばフィギュアミュージアムのシンボルといえる存在感を放っており、ねんどろいどとは別のかわいさを感じ取ることができた。三階の円形校舎再現では、明倫小学校時代の出来事を展示することで、かつての小学校に通った人々に懐かしさを感じてもらえるような工夫がなされていた。さらには比較的新しいポップカルチャーコンテンツを用いることで、明倫小学校を知る世代から『ひなビタ♪』に興味をもつ若い世代をはじめとして様々な年齢を対象としているように思われた。
それぞれの展示物には「かわいらしさ」、「親しみやすさ」が取り入れられ、それらは何か一貫した趣向をフィギュアミュージアムに与えているようであった。各々がその趣味嗜好に沿ってフィギュアミュージアムを彩る。こうして、私が今回紹介したフィギュアミュージアムの展示物は、幅広い世代に受容されるように工夫されていると言えるだろう。
引用・参考文献
*1:鳥取県倉吉市総合政策課編『市報くらよし』No.1473、2017年 p4(https://www1.city.kurayoshi.lg.jp/shiho/shiho2017-11.pdf)(最終アクセス日:2020年10月8日)
*2:「人気デフォルメフィギュア「ねんどろいど」から考察 なぜ2頭身キャラが日本人に愛されるのか(1/2)」『ORICON NEWS』(https://www.oricon.co.jp/confidence/special/54177/2/
)(最終アクセス日:2020年10月28日)
*3:「人気デフォルメフィギュア「ねんどろいど」から考察 なぜ2頭身キャラが日本人に愛されるのか(2/2)」『ORICON NEWS』(https://www.oricon.co.jp/confidence/special/54177/2/)(最終アクセス日:2020年10月28日)
*4:同上
会場・会期
円形劇場くらよしフィギュアミュージアム
・「~超アニマルワールドin円形劇場~ Schleichフィギュアの全てがここに」
会期:2020年7月23日~2021年1月11日
・宇崎ちゃんは鳥取で遊びたい!
会期:2020年7月11日~2021年3月31日
・執筆者
浦野
鳥取大学大学院持続性社会創生科学研究科博士前期課程1年生。
アニメーションなどをはじめとして、ポップカルチャーを研究しています。
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