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  • 執筆者の写真これぽーと

菊池寛実記念智美術館 /茶楓 : 土と炎の美・手の中の愉しみ(Naomi)

 再開発が目まぐるしく進む、港区虎ノ門。各国の大使館や、真新しいオフィスビル、日本を代表するラグジュアリーホテルも程近い閑静なエリアに、菊池寛実記念智美術館は建つ。静かな通りに面する門から敷地内へ進むと、石畳のアプローチが開けて、美術館があるモダンなデザインのビルと、登録有形文化財に指定された西洋館が建ち並ぶ。

 同館は2003年4月にオープン。創設者・菊池 智(とも)が蒐集した、現代陶芸のコレクションを核とする私設美術館である。富本 憲吉、八木 一夫、加守田 章二ら、日本を代表する作家の作品群には、彼女の審美眼が光る。そもそも菊池が陶芸と出会ったのは、かつてこの地を拠点にもしていた、実業家の父・寛実(かんじつ)がきっかけだ。第二次世界大戦の最中、死と隣り合わせの日常で、陶工たちの手の中で土が自在にかたちを変え、炎によって陶器となる様に、「ここに生があった」と感動を覚えたという。


 エントランスを進み、地下の展示室へ続く螺旋階段を降りていくと、自然と気持ちが日常から非日常へと切り替わるようだ。銀色の和紙が貼られた壁面を、美術家・篠田 桃紅による墨絵や「真・行・草」の漢字をかたどったコラージュ作品が飾る。天井からの光を受けキラキラと輝く階段の透明な手すりは、ガラス作家・横山 尚人の作品。階段に沿って柔らかく流れ落ちていく水のようで、いつも立ち止まって見入ってしまう。これらのしつらえにも、菊池の美意識が垣間見える。

 落ち着いた照明の展示室は、複数のスペースが大まかにつながった適度な広さのワンフロアで、1時間もあればゆったり鑑賞できるボリューム。土でできた陶芸作品にふさわしい重厚感と、静謐な空間が広がる。


 訪れた時は、企画展「中里 隆 陶の旅人」の会期中。中里は佐賀県唐津市を拠点に、世界各地を旅しながら、半世紀以上もの長きにわたり作陶を続ける作家だ。しかし美術館での展覧会は、なんと今回が初めてだという。

 展示室に掲げられた解説パネルを読んで納得した。中里は自ら市場に足を運んで食材を選ぶほどの料理好きで、食器や酒器といった日々の暮らしの中で使われ、食卓を彩る「器」を大切にしている、という。だから百貨店の美術画廊やギャラリーでの作品発表・販売が主だったのだろう。"鑑賞するための美術作品"ではなく、"料理やお酒を盛り付ける日常の道具"としての「器」。そんな目線で改めて作品を眺めると、どんな料理を盛り付けたら似合うだろう、なんて考えて楽しんでいる自分がいた。

 好きな作家が手掛けた唯一無二の「器」を使う。この楽しさ、感じられる豊かさ、心が躍る感覚は、とてもよく分かる。なんてことのない白いごはんも、ちょっとしたサラダも、それに盛り付けるだけで、不思議とより美味しそうに見える。魔法が宿っているんでは、とさえ思う。

 では、敢えて今、中里 隆の展覧会を美術館で行う意義は何だろう。私が展示を観ながら考えたのは、長い作陶活動と手がけた作品群の変遷を網羅し俯瞰して知れること、世界各地の多様な陶磁器を軽やかに行き来してきた中里の個性がより際立って伝わること、そして私のように、名前は知っていても実物作品をまだ見たことがない、作家のことを詳しく知らない層に届くきっかけとなること、であろう。現に私は作品にも作家にもすっかり魅了された。


 足を運んで本当に良かったなぁ、と帰ろうとしたが、思わず立ち止まった。館に併設されたカフェ、茶楓(サフウ)では、企画展の会期中、デザートと一緒に、中里の作品を使ってコーヒーがいただける、特別メニューがあるというのだ。

 店内に入ると、ぐるっと3方向が天井から床までガラス張り。芝生の緑が眩しい庭園に囲まれ、オープンエアのような開放感と明るさだった。席に案内され、迷わず特別メニューをお願いする。細かい話だが、コーヒーは産地別に加え、カフェインレスも選べる点は嬉しかった。

 程なくしてサーブされたプレートには、説明のカードが添えられていた。コーヒーが注がれた湯呑のようなかたちの器は、中里の2021年の新作。デザートが盛り付けられた皿も、中里が唐津に築窯した「隆太窯」で焼かれた定番デザインのものだという。

 中里自身が大切にしているように、作品を実際に使って楽しめる。こんな得難い体験が、展示空間に併設されているのだ。非常に驚いたと同時に、他では味わえない貴重な機会だと思った。確かに、館に併設されたレストランやカフェで、作家や作品をイメージした特別メニューはしばしば見かける。しかし、展示中の作家の作品そのものを使って食事できる、なんて、初めての体験だった。現代陶芸ならでは、中里の作品ならでは、そして智美術館ならではの素晴らしい試みと言える。

 そして、もし本当に中里の作品が気に入ったなら、全く同じものではないが、購入できる。エントランスにあるショップのスペースで、中里の新作と思われる酒器や器、「隆太窯」で焼かれた器が、いくつか展示されていた。価格帯も比較的手に届きやすいものから揃っている。言わずもがな、作家がつくる器との出会いは、本当に一期一会なので、これだ!と思ったものは、ぜひ買い求めてほしい。展示中の作家の作品を、美術館のショップでで購入できてしまえるのも、今回ならではだろう。


 ちなみに、正直、場所柄もあってか、茶楓のメニューの価格帯は決してリーズナブルとは言えない。しかし、こだわった食材や器、日常の喧騒から離れて庭を眺め、ゆったりと過ごす時間・空間が得られる、という点を鑑みれば、相応であろう。また、茶楓のみの利用も可能だ。できれば展示の鑑賞とセットで楽しんでほしいところだが、茶楓を利用するためにわざわざ訪れる、というのも、きっと同じくらい豊かな体験になるはずだ。

 

会場・会期

菊池寛実記念 智美術館「中里 隆 陶の旅人」

2021年8月21日(土)~ 11月28日(日)


「茶楓(サフウ)」 営業時間 : 11:00-18:00(ラストオーダー 17:30)

定休日 毎週月曜日

 

・執筆者プロフィール

Naomi

静岡県出身。スターバックス、採用PR・企業広報、広告、モード系ファッション誌のWebディレクターなどを経て、アート&デザインライターに。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。大学の芸術学科と学芸員課程で学び直し中。note




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