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  • 執筆者の写真これぽーと

たましん歴史・美術館(国立):日本洋画のあけぼのと多摩(塚本健太)

 たましん―多摩信用金庫―は、東京都の区部以外、多摩地域の全域をカバーする信用金庫である。信用金庫が地域の作家の作品を買い上げて展示するというのは全国的にも見られるが、たましんコレクションはそれだけでなく、近代以降の洋画と東洋の古陶磁という3つのジャンルで構成されており、これまでさまざまな企画展が行われてきた。そんなたましんによる美術シーンに昨年大きな動きがあった。昨年春に竣工した立川の新本店に併設する形で新たな美術館、たましん美術館が開業したのだ。こちらでは企画展などが行われており、現在は多摩地域の作家たちの所蔵作品と新作を対で並べ、作家自身の変遷や共通項を見出す展示が行われている。


 今回のレビューで取り上げるのは、立川駅から中央線で東京方面へ1駅行った「国立」駅前にある、たましん歴史・美術館である。こちらは、1987年に「たましん美術サロン」として開設されたものだったが、1991年に「たましん歴史・美術館」として登録博物館となり現在に至る。新しい美術館ができて以降は、こちらがたましんコレクションを公開する常設展としての役割を果たしている。


 さて、今回の展覧会は、たましんの3つのコレクションジャンルの中から「近代以降の洋画」をテーマとしている。洋画が日本に浸透していく中、大学で学んだ若手の画家が実際にヨーロッパへ留学し、受けた衝撃をキャンバスに描き出している作品が、展示室の正面に展示されている。それが山口薫《ニースのカーニバル》(1931年)である。1930年に東京美術学校を卒業した後、ヨーロッパに渡り、その際に訪れたニースのカーニバルを描いたものだ。道化師などが鮮やかな原色で描かれており、のちに「自然発生的抽象」へと移行する抒情性とは全く逆の筆致である。


 この作品を見る際に、両サイドに並べられている作品にも注目したい。ジェイムズ・ハーバート・スネル《霧けき夜の月》とモーリス・ド・ヴラマンク《古い教会》(1920年)である。ジェイムズは19世紀から20世紀にかけて活躍したイギリスの風景画家で、展示作品も羊の放牧の風景を描いたものである。ある意味で、牧歌的でいられた最後の時代が、ジェイムズが絵画を描いていた時代であり、その後ヨーロッパは二度の大戦に見舞われることとなる。モーリス・ド・ヴラマンクが《古い教会》を描いたとき、彼は第一次世界大戦の戦火を逃れてパリ郊外にいたころで、その村の教会を描いたと思われる作品である。こちらも原色が多用されているが、山口の明るい色彩とは異なり、鈍色をした雲に葉の落ちた木、薄汚れた教会の白壁など画面には重苦しさが漂う。こうした状況を経た後、人々が生気を取り戻した姿を描いたのが山口の作品だと感じた。

図:たましん歴史・美術館の館内図と今回取り上げる作品


 この展示室には、ほかにも黒田清輝に師事した跡見泰《風景》や中澤弘光《琵琶湖畔水郷》(1912年)などが展示され、東京美術学校を中心に戦前の日本のアートシーンが構成されたことがよくわかる。一方で、長谷川利行《佃島》(1931)―長谷川が東京で放浪生活をする中で描かれた作品―など、アカデミズム出身ではない、独自の作風を確立した画家の作品も展示されていて、たましんコレクションの守備範囲の広さに驚かされた。


 そして、回廊型展示室に出てみると、最初に目に入ってくるのが倉田三郎の作品である。倉田三郎は春陽会のメンバーとして活動しただけでなく、日本美術家連盟の創設に携わり、「美術家の地位向上や環境整備に寄与」した人物である。また、倉田は東京学芸大学で指導に当たりながら、世界50か国以上を旅し、膨大なスケッチを遺した。このたましん歴史・美術館の運営を行っている財団の立ち上げにも関わっており、そうしたことから2500点ものスケッチなどが寄贈されている。本展では、スケッチの中から《カカナガール》―おそらくネパールだと思われる―と、油彩画《美校図書館傍》の2作品が出品されている。


 もともと美術サロンとして開設されたために、それほど広いスペースでもなく、大型の作品の設置には向かないものの、作品と至近距離で楽しむことができる「たましん歴史・美術館」。今回の展覧会はコレクションの中から興味深い作品が多く選ばれているものの、立川のたましん美術館の補完的な役割になっているからか、展示としては総花的になっているのが否めないので、今後どのように「歴史・美術館」としての独自性を出していくのか注目したい。


参考文献・ページ

たましん美術館『はじめまして、たましん美術館です。』

たましん地域文化財団「倉田三郎記念室」

http://153.122.158.155/mitake/kurata.html(最終アクセス日:2021年2月5日)

文化庁広報誌『ぶんかる』HPより

https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/museum/museum_029.html(最終アクセス:2021年2月5日)

 

会場・会期

たましん歴史・美術館「たましんの洋画[併設 彫刻・工芸コレクション]」

令和3年(2021)1月16日(土)~3月14日(日)

開館時間:午前10時~午後6時(入館は午後5時半まで)

休館日:月曜日、祝日

 

・執筆者

塚本健太

都立大で政策科学を学びながら、学芸員資格課程を受講中。政策科学は行政が行う政策を理論で支える学問ですが、しばしば数値化できない価値を低く見がちです。美術館などの文化系施設もその一つです。効率化だけでは表すことのできない「場」としての価値を考えていきたいと思います。

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