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座談会「常設展を書くとき」vol.2(岡田蘭子、しらたま、塚本健太、naomi、ワタナベ)

これぽーとのメンバー同士で「常設展を書く」とは何なのか?について熱く語り合う座談企企画の第二回です。


第1回の座談会を踏まえて、今回は2つの質問ををあらかじめ準備して始めました。


1、常設展を見るときに・常設展を書くときに注目しているポイントはありますか?


2、国際博物館会議(ICOM)における博物館の新定義の改正案では、博物館の定義のなかに「常設機関」という言葉が使われていません。また、前回の対談の時に、常設展とコレクション展の違いについて話したのですが、その時に「見ている人はそんなことは気にしていないよね」という話がありました。

 これらを踏まえて、常設展示・企画展示はあくまでも美術館の運営側が管理の都合上(?)つけたような名称であると思うのですが、では、そもそも常設展示は必要だと思いますか?どのようなあり方で常設展示を続けていくべきでしょうか?さらには、美術館が持つコレクションの価値とはなんなのでしょうか?


2つと言いながら、たくさんの質問を詰め込んでしまった気もしますが、今回も議論は盛り上がりました。それでは対談の始まりです(塚本)

 

*展示を見るときに注目するところ


塚本健太(以下、塚) 今日はありがとうございます。よろしくお願いします。さっそくですが、みなさんが常設展を見るとき・常設展を書くときに注目しているポイントはありますか?前回の鼎談を振り返ると、クニモチユリさんが展覧会を20回以上見に行って展評を書くというところから始まったんです。


一同 (ざわめく)


岡田蘭子(以下、岡) 同じ展示を……ですか?


塚 そうです。クニモチさんの場合は、どんな方が見に来ているかなど鑑賞者に重点を置いてレビューを書いていたので、かなりの回数足を運んだそうです。僕や他の方は「普通に1回」でした(笑)例えば、丹治圭蔵さんはクニモチさんとは逆に人がいないときを狙って行き、キャプションと作品との関係性を純粋に見ていくというスタイルだそうです。みなさんはどうでしょうか?


岡 すみません。前回の対談記録の「トイレは土地柄でますよね。」が気になっちゃっいました(笑)


しらたま(以下、し) 確かに!


塚 みなさん展示だけではなくて、施設も重視してみているな~と思います。そうそう、メモの仕方とかも話が出ましたね。途中の椅子で書いたり、一方で携帯にメモしたり。


naomi(以下、Na) 私は、撮影OKな展示だとカメラ持って行って撮影しますね。博物館・美術館という場所自体が好きなので、外観も含めて写真撮りますね。あとあらかじめ、サイトで予習をしていくようにしています。常設展でも小企画を立てていたりするので、出品リストに目を通したり、今回見せたいものは何なのかを見たりしてから行きますね。


岡 すごい!普段から取材している方の準備の仕方ですよね。


na 全然時間かけないですけどね。展示を何回も見に行けるわけではないので、出たとこ勝負だともったいないので…なので、先に情報だけはさらっと頭に入れます。


塚 なるほど、先に情報を入れるんですね。そうすると、2時間展示を見ているときにはどういったところを見ますか?


na えーと、ルートは順序通りに見ていきます。音声ガイドは使わないかなぁ。レビューを書くときは一通り最初から最後まで見ていくんですけど、なかでも書きたいって思った作品とか、テーマごとの展示があるときは、展示もキャプションも写真に撮って、最終的に2、3個に絞っていきますね。つまり、見るときに構成を考えています。


塚 見ながら、作品を絞っていくんですね。


na はい。戻れるときは最初に戻ってもう一回みますね。あと、私は展示室全体の写真とか照明の配置とか大きいパネルとかも写真に撮りますね。そういうのも気になっちゃいますね。館全体としてどのように見せているか気にしますね。


塚 それは僕もチェックしてます!


na 常設展だとあまりないですけど、映像作品の展示は、どこからプロジェクターで映し出しているのか、映像の長さとかも確認しちゃいます。


塚 今、Naomiさんは見ながら、どの作品を執筆するか絞っていくという話をされたかと思うのですが、みなさんはどうですか?見る中で決めるのか、全部見て家で改めて振り返りながら決めていくのか。


し 見ながら決まるときは、決まるんですけど、展示に対する知識が少ないと理解が遅かったりするので、持ち帰って、もう一度出品リストとかメモとかを見直しますね。そうして振り返って、「あ、こういう構成の展覧会で、こういう意図があったのかな?」と分かった時に書く作品が決まることもあります。


塚 なるほど。振り返る中で構成を見ていくということなんですね。


し そうそう、展覧会って学芸員さんの論文とかを読んでいるみたいだなと思っているんです。一般の美術好きとして展覧会を見に行くときって「好きな作品」を探したり、知識を得たりするために行くことが多いと思うんですけど、レビューを書く側としていくときは、その展覧会=論文を理解したうえで、自分はどういうことをその論文に対して書くのかということを決めなくてはいけない。とすると、やはり、自分が執筆するテーマによるかなと思います。作品について紹介するという時は、展覧会の中から何作品かに絞るだろうし、クニモチさんのように、展覧会の構成は理解するけれども、人に重きを置いて書く場合もあるので、執筆者の視点によってアプローチの仕方が変わってくるんじゃないでしょうか。


岡 私は行ってから決める派です。フライヤーとかサイトとかを見ておもしろそう!と思ったら近所の美術館に行く感覚で地方の美術館に赴くタイプで地方のレビューばっかり書いてきました。旅行のついでというか、遠方ゆえにその展示には一回しか行けないのは分かっているのですが、やはり実際に見てみないと「展示がおもしろかったから展示について書こう」なのか、「作品に惹かれたから作品について書こう」なのかが決められない。だから、行ってから決めることが多いですね。ただ最低限、美術館の作品収集・保存の方針だけは事前に調べて見に行きます。



*展覧会の全体を見ること


塚 ワタナベさんはどうですか?


ワタナベ(以下、ワ) 今みなさんの話を聞いていて思ったのは、展覧会を「見る人」の見方していますね、ということです。というのも、普通、美術好きな人が美術館行ったら、まず作品を見るじゃないですか。作品に注力すると思うんですよ。作品の感想というのはたくさんあると思うんですが、展覧会の感想ってあまりないんです。構成がこうでこうで、だからよかったというのはあまり無いです。なので、皆さんのはレビュアーとしての見方なんだなということはすごく思いました。


塚 常設展評を書くということからしても「全体を見る」ということがこれぽーとの活動の根底にありそうですよね。


ワ 僕は今まで皆さんの文章に校正を入れるアシスタントをしていたんですね。皆さんのレビューを全部読んでいて思ったのは、「作品評と展覧会レビューをあまり分けていない」ということなんですね。これがこれぽーとの一つの特徴なのかな、と。包括的に全体を語ってくれているんです。だから、全体をよく見てくれているなと感じています。


塚 美術専門の方が書かれる、「作品評と展覧会レビュー」できっちり分かれるものなんですか?


ワ 完全に分かれるわけではないんですけど…ただかっこよく書くのではなくて、作品個別と向き合いつつ展示全体とも向き合いつつというすごく丁寧な見方をされているのがすごい良いなと思うんです。ただ、最近は今言ったようなこれぽーとらしさというのがどのレビューにも出てきていると思うんです。そうすると、レビュアー個人の面白いところが出てきづらくなってきているのかな、これぽーとっぽい文体になってきているのかなと思います。だから、だれか型破りな文章を出してくれたほうがおもしろくなるかなと思うんですよ(笑)


岡 では、出します(笑)


ワ 伊澤文彦さんみたいな砕けたエッセイとかもっとあってよいと思うし、だれか哲学的なバックグラウンドを持っている人がいれば、キレッキレの文章を書いても面白いと思うし、せっかく多様なレビュアーがいるので、もっと自分がフォーカスしたいところにフォーカスしてよいのかなと思います。


塚 そうそう、前回伊澤さんが飛び込みで参加してくれたのですが、その時に常設展を見に行く意味(意義)として「思いがけない出会いがあるとか、ドラマがあることは大事」という風におっしゃっていたんですね。あと、溝渕由希さんは「直接行って感じることは、『体験』ですね。自分が行ったときにしか感じられないことを意識してみて」いる、とおっしゃっていました。改めてお聞きしたいのですが、みなさんが思う常設展を見に行く意味(意義)ってどういうところにあると思いますか?


na 私は、自分の好きなサントリー美術館とアーティゾン美術館しかレビューできていないですが、確かに「体験」しに行き、自分の好きなところをたくさん見つけ、それをこれぽーとで発表することをやっていますね。完全に仕事の目線なのですが、読んでいる人がなにを求めているのかが気になるので、好きだなと思ったことを素直に書くことも大事なのですが、「何を言うかよりも、どう言うか」を気にして書いていますね。最終的には、読んで(美術館に)行ってみたいな、とか作品だけじゃなくて美術館に行くことそのものが楽しいんだ、と思えるレビューにすることを考えています。美術専門の勉強もしているのですが、あえて難しく書くことをしたくないなと思っています。難しいことを難しく書くことは誰にでもできることだから、そういうことを伝わるように書きたいなと思いながらいつも書いています。「気持ちが動く場」として常設展・コレクション展を楽しむきっかけになればと思って、これぽーとを書いています。


し (以前は)栃木にいたので、栃木県内に的は絞っていて、さらに自分が気になるかどうか、自分が好きになれるかどうかは重要なポイントになるかなと思います。あと、地方の美術館あるあるなのですが、岡田さんがおっしゃっていたように、美術館目的にそこへ行くというよりかは「旅行のついでに」行くことが多いじゃないんでしょうか。そうすると、観光の一スポットとして紹介できるかどうか、ということも重要になってくると思います。どちらかというと館の紹介に近いのですが、そこも入れ組んで文章化できたら面白いなと思います。ただ、紹介によりすぎると面白くないので、そのバランスが難しいですね。



*美術館が持つコレクションの価値とは?


塚 では、次のテーマに行きましょう。再確認すると、前回の対談の時に、常設展とコレクション展の違いについて話しました。その時には「常設展はその美術館の性格を表すもので、変わらないもの」「コレクション展はその美術館を見せたいもの、動きがあるもの」という違いがあるのではないか、という結論に達しました。ただ、同時に「見ている人の多くはそんなことをあまり気にしていないよね」という話がありました。現在、国際博物館会議(ICOM)における博物館の新定義の改正案では、博物館の定義のなかに「常設機関」という言葉が使われていません。

 これらを踏まえて、常設展示・企画展示はあくまでも美術館の運営側が管理の都合上?つけたような名前であると思うのですが、では、そもそも常設展示は必要だと思いますか?必要であれば、どのようなあり方で常設展示を続けていくべきでしょうか?美術館が持つ・コレクションの価値とはなんなのでしょうか?ということを話したいと思います。ちょっとテーマが重くてすみません。


ワ めちゃくちゃ重い(笑)専門家会議かっていう感じですよ。


し そうですね。私は仮に美術館がコレクションを持っていたとしても常設展示がなければ、美術館がそのコレクションを持っている意味って薄れてきちゃうんじゃないかなと思います。あと、常設展の展示替えが年に数回ありますよね。そうした度に発表の場が用意されていることが、学芸員さんが 研究を進めていくための目的にもつながっているんじゃないかなとも思います。ただ、研究を進められる環境が整っているのなら、企画展とかでやるのもありだろうし、その辺はわからないですね。


塚 今学期、東京オペラシティアートギャラリーのキュレーターの方の授業を受けているのですが、実はそこでオペラシティもコレクションを持っているということを初めて知りました。けっこう企画展のイメージが強かったので。意外と常設展示室を持たない美術館って多いと思うのですが、そうすると今しらたまさんがおっしゃったようにコレクションの認知がされづらいのかなと思います。

ただ、オペラシティの場合は、COVID-19の影響で展覧会が中止になったアーティスト、ライアン・ガンダーがコレクションをキュレーションするという方法をとっているので、そうした手法でコレクションを見せていくことは興味深いと思っています。


岡 たとえば現在、長期休館中の広島市現代美術館は館の外に出ていって展示をしています。コレクションが美術館にとどまらずにひらけていくと捉えれば、常設展示がなくても良いのではないかと思いますね。


塚 つまり、コレクションというのを美術館から外へ外へと拡張するようにしていけば、美術館の中に常設展示室を持たずとも、それぞれの場所で常設展が展開されていくことができるようになるということですね。


岡 はい。地域によっては歴史的建造物のもあるので、そういう場所でいろいろな取り組みができたらおもしろそうですよね。作品が適切に扱われるかは別問題ですが…


塚 みなさんもご存じだと思いますが、地方だけではなく都市でも「空き家」が前から問題になっていて、そうした場所が作品を見る場として使われたら良いですね。もちろん、作品を展示するためのハードとソフト面での環境づくりが必要というのは考えなければいけないですが、ただ、そういった使い道のなくなっていた場所を、サテライト美術館という形で公に開いていくということができたらすごく面白いよねと思いました。美術館のコレクションを地域に開いていくということになりますし、さらには地域とのつながりをより強くできるんじゃないかなと思います。


na 冒頭で出てきた質問でいうと、たしかに館の都合で常設展と言っているのかコレクション展と言っているのかの違いなので、どっちでもいいよ、とは思いますね。どっちも美術館のコレクションであることは同じなので。岡田さんがおっしゃっていたように、コレクションは見てもらわないと意味がないと思うので、自分のところで場所を設けて見せるということも大事だし、貸し出すことによって自分たちの持っているものを有効に使ってもらうことも大事だと思っています。そのためにも、館が持つコレクションの特色が大事だと思うんですよね。それにコレクションを持つ・持たないの選択だって、一つの美術館の個性につながってくるので、どっちもありだなと思うんですよね。それで、もしコレクションを持つならば、自分たちはどういったポジションで運営していくのかという視点からコレクションを考えることが大事なんじゃないかなと思います。


塚 先週の鼎談の時にも、「コレクションは館の個性が出る」という話をしていました。ただ、その時に堀本宗徳さんが「お金のない地方の館の場合、特に寄贈者の特徴が出る側面があるので、館の特徴って何だろうか、と戸惑うだろうなと思います」とお話しされていて、そうしたコレクションをどのように個性としてみるのか、ということは話題提起されていました。


na 確かに、コレクションも(購入など)能動的にコレクションできている館と寄託・寄贈中心でコレクションが形成されていく受動的な館に分かれると思っています。ただ、寄託・寄贈していただくのは地元の方ですよね。


塚 購入をバンバンしているところで思いついたのは、アーティゾン美術館ですよね。財政力が圧倒的なので収蔵方針に従って買っていますよね。


na 見せたい意図の通りにコレクションできる。館自身もコレクターですよね。


塚 前回は美術館を擬人化して捉えているという話がありましたけど、コレクションもまた、一つの人格として捉えられるかもしれませんね。


na そうですね。建築でどのように見せるかも含めてたたずまいも美術館の個性だと思えますね。


塚 アーティゾンのようなところとは対照的に、自分がレビューを執筆した練馬区立美術館は寄贈や寄託は受け続けているのですが、ここ最近全く作品を購入できていなくて、美術館協議会でも予算つけてほしいということを言っているようです。


ワ 全国的にどこの館もそうですよ。


塚 特に公立館はそうですね。


na とすると、いまの常設展示がよいのか、なんともいえなくなってきます。外の人間だからそう思うのかもしれないんですけど、お金がないならないなりにあるもので工夫して見せるという方にシフトできないのかなと思ったりします。


塚 多分、美術館って開館するときにコレクションの収集方針というのを定めていて、それに従ってコレクションを増やしてきたのだと思うのですが、予算がつかないことによってその方針通りの収集が難しくなっているということがあるんだと思います。だから、今あるものをどう見せるかということも大事になってくるし、そもそもコレクションの方針自体を変えるべきなんじゃないかなと思います。


na そうそう、スタートの時に作った「やりたいと思っていたこと」は現実的にできることだったのか?お金がないとできないこと、難しいことを目標としたててしまったんじゃないかと。


塚 だから、最初はこういう方針を作ってやってきたけど、時代に合わないから「地域から寄贈してもらったコレクションを中心に展示を作っていく」ということをもっと打ち出してもよいと思うんですよね。


na どうしてもバブルの遺産が現状に行きついているんですよ。


ワ それって、とてもクリティカルな気がします。


塚 というのは?


ワ バブル期のころの、ある種西洋中心の歴史記述の仕方をモダニズムの原理に基づいて、美術館は内在化していますよね。例えば、ミレーの作品で有名な山梨県立美術館は山梨県民に向けて西洋の優れた芸術作品を紹介する・西洋の美術作品が優れているから買ってきていたわけですよね。このこと自体が今となっては大風呂敷を広げすぎていて無理だし、それってとても西洋中心主義的な考え方だからとてもよくないと思うんです。特にバブル期に設立された日本の美術館って大体そうですよね。ヨーロッパの優れた20世紀の美術を買って紹介することによって、地域の文化を活性化するということが館の基本方針であることが多いわけです。ただ、そういう文化の作り方自体がもう無効なんじゃないかという話につながっていくわけです。


na まさに、今が転換点ですね。それがこのコロナ渦によって拍車がかかっている感じがします。


塚 確かに、コロナ渦で欧米の有名な美術館から作品を借りて持ってくるという企画展(ブロックバスター展)もできなくなっていますよね。それって、西洋崇拝というか「西洋のものはすごい!」という価値観があって成り立ってきたもので、そこに対抗する意味で、常設展に光を当てるこれぽーとという活動が始まったと思うんです。ただ、今のお話を聞いていると「いや、常設展にも西洋崇拝というブロックバスター展と同じ背景があるんじゃない?」ということが見えてきますよね。だからこそ、常設展がどうあるべきなのかというと、「地域にあるものにもっとフォーカスする」ことであったり、「美術館が地域に出ていって、コレクションを拡張していく」ことであったりするのではないでしょうか。そうやっていかないと、これからますます人口が減少していく中で生き残ることは難しいのかもしれないと思います。


岡 最近、個人的におもしろいなと思っているのは、コロナ渦で気軽に海外に行けない状況だからこそ、日本には価値のある西洋美術がたくさんあるよ~という見せ方が新鮮になっていること。横浜美術館の「トライアローグ」展がまさにそうですよね。見せ方を変えるだけであれだけおもしろくなるということを示してくれましたよね。あとは徳島の大塚国際美術館でも、海外に行かなくとも世界の名画が見られますよね。陶板で原寸大に再現された世界的に有名な作品が常設展示されています。海外に行かなくとも作品を見れることにまた別の価値ができつつありますよね。見せ方次第でいくらでも工夫できるから、そこまで悲観しなくてよいかなとは私は思っています。


na 大塚国際美術館、私も大好きで行ったときはとても感動しました。世界旅行できるくらいいろいろな作品をまるっとみられるんですよ。開館から閉館まで一日いても全然時間足りなかったです。


岡 わかります!1日では見終わらない。あとご飯がおいしい。でも、すごく行きづらいですよね。


na 民泊をすごい探していったんです。ホテルとか作ったら儲かるのになぁ。


し 行きにくい僻地なのに人気が高いのはすごいですよね。


na 絵画だけじゃなくて環境展示もすごかったです。今だと絶対入れない遺跡や教会の中を再現して入れたり、写真も撮れたり、なんなら触れたりもして。陶板の技術が高いので本当にすごいです。だから、日本美術の館も作ってほしいと切実に思います。


塚 四国だと、香川県に地中美術館があって、そこも大人気じゃないですか。やはり今日のお話の中でも「見せ方」というお話がありましたが、これからはそこが非常に大事になってくるのかなと思いました。常設とかコレクションとかいろいろな分け方があるけれども、地中美術館も大塚国際美術館もそうした言い方を一切していないじゃないですか。どちらもすべて常設だし、コレクションですね。だからこそ、持っているコレクションをどう見せていくのかというところに可能性があるし、そうしたところをこれぽーとで探っていきたいなと思いました。



*感想

岡 もっと緩い感じかと思ってたらまじめな話になりましたね(笑)


na 楽しかったです!なかなか皆さんと会ってレビューを書くということが難しい状況なので、こうした顔を見てお話しすることができてよかったです。


し 私も楽しかったです。一人であーだよなこーだよなと考えているよりも、誰かと意見を交わせるほうが深堀できるなと思ったので、こうした対談は定期的にあったほうが、交流が深まるなと思いました。


塚 定期的に考えます(笑)


ワ もう一時間かと…トライアローグ展の図録を見ながらさぁ、今から常設展の話していかないとと思っていたところだったので、もう終わりだったかぁ…


塚 これ以上の長さになるとまとめるのが大変なので、すみません。️これで、これぽーとの第二回目の対談を終わりにしたいと思います。ありがとうございました!

 

・執筆者

岡田蘭子

1985年生まれ。女子美術大学大学院美術研究科修士課程修了。都内IT企業勤務。趣味は美術鑑賞。美術と生活の接点となる取り組みに関心があり、その一環として美術鑑賞を楽しむ人を増やす活動に賛助したい想いがあり、「これぽーと」に参画。

しらたま

栃木県出身の社会人5年目。大学生の時に美術に魅了されて以来、美術館巡りが趣味となる。学芸員資格あり。西洋絵画中心に、特にフェルメール、クリムト、クレー、ミュシャが好き。美術好きの一般人として、美術の魅力を広げようと日々目論んでいる。


塚本健太

都立大で政策科学を学びながら、学芸員資格課程を受講中。政策科学は行政が行う政策を理論で支える学問ですが、しばしば数値化できない価値を低く見がちです。美術館などの文化系施設もその一つです。効率化だけでは表すことのできない「場」としての価値を考えていきたいと思います。


naomi

静岡県出身。スターバックス、採用PR・企業広報、広告、モード系ファッション誌のWebディレクターなどを経て、アート&デザインライターに。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。大学の芸術学科と学芸員課程で学び直し中。(note: https://note.com/naomin_0506


ワタナベ

東京藝術大学国際芸術創造科研究生。アシスタントキュレーター。

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