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サントリー美術館:日本美術をあじわう、都心の居間へ(naomi)

naomiさんは広報やウェブディレクターなどの職歴を経て、現在は京都造形大通信教育部で学芸員資格の取得を目指しながら、アートライティングを学ばれている方です。アート&デザインライターとして、様々な記事も精力的に執筆されています。今回は7月にリニューアルオープンしたサントリー美術館のユニークなコレクション展についてレビューしていただきました。(南島)

 東京・六本木エリアは、徒歩圏内に多くの美術館やギャラリー、劇場、ライブハウスなどが集まり、六本木アートナイトの開催でも知られる、国際色豊かなアートとエンターテインメントの街だ。そこに、日本ならではの「生活の中の美」を基本理念に、今日も来館者を迎える美術館がある。

 サントリー美術館は、日本が高度経済成長期の真っ只中だった1961年、東京・丸の内に開館した。赤坂見附、そして2007年に現在の東京ミッドタウン内へ移転し、昨年秋からの改修工事を経て、7月にリニューアルオープンをむかえた。


 同美術館に常設展示は存在しない。しかし収蔵品は約3,000件を数え、絵画、陶磁、漆工、染織など、日本の古美術から東西のガラスまで、国宝1件、重要文化財15件、重要美術品21件を含む。この充実のコレクションを存分に楽しめるリニューアル・オープン記念展が、IからⅢまで3つのテーマと期間に渡って開催中だ。共通するのは、暮らしに身近な日本美術を中心に、西洋や他のアジア地域などの異なる文化や、現代も含めた異なる時代とのつながりの中で作品を見せている点。まさに同美術館のメッセージ 「美を結ぶ。美をひらく。」を体現する構成である。


 9月半ばまで行われていた記念展Iは、基本理念がそのままタイトルに掲げられた『ART in LIFE, LIFE and BEAUTY』。同美術館ならではの、多彩で楽しい”魅せる見せ方”が満載だった。

 例えば「装い」の章では、着物やお化粧道具、鎧兜など、平安から明治時代までの装いにまつわる品が多岐にわたって展示されていた。歌舞伎役者が流行の束髪(そくはつ:まとめ髪)姿で描かれた錦絵など、江戸から明治時代のヘアスタイルに関する巻物や錦絵は初めて目にしたが、まるで現代のヘアスタイルブックのようだ。『イギリス結下げ』や『渡辺巻』と名称や解説の横に束髪や豪華な帽子の絵が描かれ、それらを切り抜いて洋装の女性の絵に載せてシミュレーションできるものもあった。今の画像加工アプリと似てる上に、ヘアスタイルへの悩みは今も昔も変わらないんだなぁ、と思わず微笑んでしまった。

 また、50点近い櫛や簪が整然と並んだ展示は圧巻だった。ここまでまとまった数が並んでいるのを他では見たことがなかったし、鼈甲や白蝶貝、ギアマン(ガラス)など素材も様々。しかも一つひとつのデザインが凝っていて、中には「サ」「可」などの文字、玉手箱と竿と亀に波模様という浦島太郎モチーフなど、洒落のきいたユニークなものもあって驚く。

 現代では使わなくとも、どこか親近感を覚える装いの品々を通して、美しくありたい、気に入った素敵なデザインのものを身につけたい、という、現代を生きる私たちも共感できる感覚を、何百年も前の日本人も当たり前に持っていたことが素直に実感できた。

 「祝宴・宴」、そして「異国趣味」と、全部で3つの章で会場構成されていたが、宴席の酒器やうつわ、部屋を飾った調度品や屏風など、あらゆる暮らしの品がバラエティー豊かに並んでいた。細かな金工や漆芸など今見ても美しく魅力的な品々が展示され、美しいものを上手に暮らしに取り入れ、季節の移ろいとともに楽しんできた日本人の美意識を“感じる”ことに、鑑賞者の意識を向けていたと思う。

 また、山口晃、彦十蒔絵・若宮隆志、山本太郎、野口哲哉ら、現代作家の作品が、敢えて収蔵品となじむように展示され、思わず撮影してSNSに投稿したくなるような(館内は写真撮影OK)ユーモラスな展示も随所に見られて、幅広い年代がそれぞれの感覚で楽しめるような演出も印象的だった。


 9/30(水)からスタートした記念展Ⅱのタイトルは『日本美術の裏の裏』。作品が制作された当時の人々の鑑賞スタイルを追体験するという趣旨の企画である。記念展Iと作品の魅せ方ががらっと変化していた。記念展Iが正統派の鑑賞法とするならば、記念展Ⅱはまさに、裏ワザの鑑賞法と言えるだろう。


 「洛中洛外図屏風」の展示室には、床一面に京都市中心部の地図が描かれ、右隻と左隻に描かれた風景が、地理的にどのあたりから見たものかが示されていた。屏風に描かれたものの解説はよく見るが、立ち位置まで紹介しているのは珍しい。


 また、かつて上野の不忍池近くにあった人形店・七澤屋の雛道具は、厨子棚やお酒を注ぐための銚子、切子のグラス、硯箱など、それぞれ現物サイズの横に並べられ、ルーぺをのぞきながら鑑賞できるような展示に。これも案外ない見せ方で、現物サイズ以上に精巧な彩色や、転写プリントではと思ってしまうくらい緻密な牡丹唐草模様の蒔絵が施されたミニチュアの数々は、きっと誰もが理屈抜きで驚愕し、見とれてしまうだろう。

 同館が誇る”ゆるかわ”な絵本「かるかや」や、鼠が人間と結婚しようとする絵巻物「鼠草紙絵巻」などは、今見ても単純に、コミカルでユニークでかわいい。屏風絵や襖絵、掛け軸の風景に、小さく小さく描かれた人間の挙動や表情も、よく見ると何だかゆるくてユーモラスだったりする。

 そして、吹き抜けの空間全体を使ってドラマチックに展示された壺や茶碗などの陶磁器は、1点ずつがどれも360度ぐるっと鑑賞できる展示ケースに入っており、あえて正面を曖昧にし、鑑賞者それぞれが自由に景色を楽しむ、という展示方式が素晴らしい。そもそも無地の陶磁器の見た目を「景色」と言うこと自体、新鮮に感じる鑑賞者も多いだろう。

 このように、展示室には様々なジャンルの作品が並び、それぞれに趣向を凝らした展示方法がとられていた。何百年も経ち、日本人の生活様式はがらっと変わっているけれど、どれも魅力的に感じる。実は、今の私たちの普段の感覚で素直に楽しんで観る、それで十分、作品を味わえているのではないか、と筆者は感じた。これもある意味、裏ワザ鑑賞法、かもしれないが。


 同美術館といえば、ここ数年間だけでも『遊びの流儀 遊楽図の系譜』や『扇の国、日本』、『絵巻マニア列伝』、デザインオフィスnendoとの『information or inspiration? 左脳と右脳でたのしむ日本の美』など、”サントリー美術館ならでは”という、非常に興味深い切り口で展覧会を開催してきている。今回のリニューアル・オープン記念展は期待以上の見ごたえで、この後12月から始まる記念展Ⅲ、そして開館60周年を迎える2021年の展覧会ラインナップも楽しみだ。

 この安定した企画力の多彩さは、積極的に行われ続けている教育普及活動にも表れている。運営母体が事業会社で、社会貢献活動としての視点が踏まえられていることも少なからず関係しているだろう。

 特に、小中学生を対象とした鑑賞支援ツール「わくわくわーくしーと」は、難易度の目安を示してバリエーションを用意し、展覧会ごとの凝った内容はいつも興味深い。大人の私も鑑賞時の視点が広がった。また、リニューアルを機にスタートしたばかりという中学生・高校生向けの「サン美美術部(びじゅつぶ)」も人気を集めそうだ。


 ところで、同美術館内に裏千家の茶室があることはご存知だろうか。茶道はまさに”生活の中の美”が味わえる世界だ。「玄鳥庵(げんちょうあん)」は1961年の開館当初から美術館内にあり、現在の茶室は、赤坂見附の旧施設から移設・増築されたものだという。

 そもそもこの美術館は、建築家の隈研吾氏が、「都心の居間」をテーマに作り上げた空間だ。床材にウイスキーの樽材を再生利用するなど、木や和紙といった素材がふんだんに使われている。やや光量を落とした暖色系の柔らかな照明にほっと落ち着くのは、やはり和の雰囲気が感じられるからだろう。リニューアルでより開放的になったエントランスから館内に進み、奥まったエレベーターで一つ上のフロアにある展示室へ向かう動線は、まさに茶室へ向かう露地のように、外の喧騒や日常から切り離され、展覧会の世界に自然と気持ちが切り替わる。

 茶室「玄鳥庵」は、展示室のさらに上層階にある。茶室が開くのは、展覧会の会期中に数日だけ。先着順で1日に30名しか利用できない。時間ごとに少人数に割り振られてお点前が行われるので、贅沢でゆったりとした時間が流れる。しんと清らかな茶室で、釜に湯が沸く音、茶碗に水を注ぐ音、お茶を点てる茶筅の音に、思わず聞き入ってしまう。流れるような点前の動作を間近にし、季節の和菓子とふわっと香るお茶をいただくと、展示室以上に、ここが六本木の商業施設の中であることを忘れてしまうだろう。

 茶室というと狭くて仄暗いのが一般的だが、「玄鳥庵」は自然光が柔らかく差し込み、テーブルと椅子に座っていただけるスペースもある。作法がわからなくても問題ないので、機会があれば気軽に茶道の世界を体感いただきたい。展示室で見かける茶碗や掛軸が、ぐっと身近に面白く感じられるようになるかもしれない。

 「アート」や「美術館」というと、解説を読んでより深く理解しよう、作家や作品のことを知ろう、歴史を知ってから出かけよう、と身構えがちである。しかし、サントリー美術館は、素敵なものが暮らしや日常の中、身近なところにも案外たくさんあることをじわじわ気づかせてくれるような場だ。

 こんなにも贅沢な都心の居間は、再び訪れることが楽しみになるに決まっている。

会場・会期

サントリー美術館「リニューアル・オープン記念展 Ⅱ日本美術の裏の裏」

2020年9月30日(水)から11月29日(日)まで

・執筆者

naomi

静岡県出身。スターバックス、採用PR・企業広報、広告、モード系ファッション誌のWebディレクターなどを経て、アート&デザインライターに。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。大学の芸術学科と学芸員課程で学び直し中。(note: https://note.com/naomin_0506