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ヨックモックミュージアム:皿に描かれた日記(小笠原知子)

  • 執筆者の写真: これぽーと
    これぽーと
  • 5 日前
  • 読了時間: 5分

壁一面の顔、顔、顔。天井からさす明るい光の中、小さな展示室内の壁三面に、54点の絵皿が設置されている。白い丸皿にはにっこり笑った顔、ベージュの楕円形の皿には、口をつぐんだ照れた顔、小ぶりの丸皿には赤・青・黄色・緑で描かれた横向きとも正面向きとも見える顔。ピカソのセラミック作品に、ぐるりと囲まれている。顔の他にも牛、魚、ふくろうなどの動物や、家や浜辺の情景、丸皿のふちを観客席に見立てた闘牛の様子などがわかる。


ここは青山、ヨックモックミュージアム2階にある常設展示室。贈答品などでいただく機会の多い、焼き菓子で有名なあのヨックモックが、小さな南フランス邸宅風の建物でピカソの焼き物の展示を行っている。現在500点を超えるコレクションを有し、1年ほどのサイクルで企画展示を開催しているそうだ。ピカソ独自の発想で作られ、実用に重きを置かない陶芸作品。近年、ピカソの陶芸作品を従来の陶芸の枠内に収まらないものとして“セラミック”と呼ぶ傾向が強まっており、ヨックモックミュージアムでも、その呼称を用いている。


私は常設展を見るためにエレベーターで2階へ上がった。常設展示室は自然光で照らされた、アトリエを思わせる空間である。


常設作品のうちの1枚、縦の楕円系の黒い皿いっぱいに、白い線で刻まれたふくろうが浮かび上がっている。羽を両脇に収め樹上の枝に佇むふくろうは、瞼が半分閉じかけていて、眠たそうだ。背景にはアスタリスクに似た形で左に5つ、右に4つの星があらわされている。星は刻んだ線の上に茶色と青の釉薬を重ね、真っ白な線のふくろうより控えめな印象となり背景に徹しているように思う。4つの星の下に青の釉薬で塗りつぶした部分もある。脚は並んだ不等号のように開き、がに股で立っている。3本ずつ付いている足の鉤爪も、ぽってりとした白い線で表わされ、獰猛さを感じない。モチーフそのままに《Owl》と題名がつけられている。


他の作品も、点や線で表された目鼻の顔や、素早い筆跡で書かれた風景画など、どれも短時間で作られた作品であろうことが推測される。にもかかわらず、はっきりと描かれている筆跡は、制作時の迷いを感じさせない。


こうしたセラミック作品の展示スペースの対角では、ピカソ財団によるドキュメンタリー映像「ピカソ:セラミック」が上映されている。おおよそ20分の映像で、ピカソの作陶・絵付けの様子を見ることができる。例えば、陶器職人がピカソに縦長の花瓶を渡すシーン。ピカソは迷うことなく瓶の口を平たく潰し、一方を細長く整えてから、首部分を折り曲げていく。瓶の底をつぶして尾羽を整えると、花瓶は鳥に変化する。そして、職人の実用品からピカソのセラミック作品となる。


映像の流れる明るい光の中で、地下の企画展で見た鳥の壺を思い出してみる。タイトルは《黒い顔のある大きな鳥》だったはずだ。白地に黒く太い線で描かれた丸い眼を見開き、両翼に見立てた壺のハンドルはカーブを描きながら本体より張り出している。脚は一本太く壺の足そのままに、太く黒い線で鉤爪があらわされている。小さくVの字に描かれたくちばしは鋭い。タイトルにはそう記されていないが、ふくろうの姿を思い浮かべる。胴の中央はひし形に黒く塗られ、微笑む人の顔が線刻されている。


企画展は「見立て」をテーマとしたもので、セラミック作品はほの暗い展示室内にて、強い光を浴び、はっきりと陰影が浮かび上がるように並んでいた。ピカソが飼育していたふくろう等の鳥、闘牛や南フランスの食材など、日々の中で関心を持った物事が皿や壺に描かれている。


黒い壁を背景にした、真っ白な素焼きの壺。《黒い顔のある大きな鳥》が置かれている白い展示台には、はっきりと黒い影が浮かび上がる。闘牛場に見立てられた楕円形の大皿や、皿のふちまでヒレが届きそうな青く大きな魚なども続く。


常設展示のふくろうと、企画展示のふくろう。同じモチーフを選んでいても、セラミックの大きさや線の強弱、釉薬の色で印象が変わる。また常設展示室の作品は陽光に照らされ、陰影は柔らかく穏やかだ。企画展示室は薄暗く、作品は強い光を当てられているため光と影のコントラストがはっきりと見え、力強さや生命力を感じさせる。展示の方法も、それぞれの作品の印象を強調して伝えているように思えた。


ピカソはこんな言葉を残している。

Painting is just another way of keeping a diary.


ピカソは自身の絵画を日記と同じものだと考えていた。91年の生涯を日数にすると、3万日超だが、その作品数は15万点ともいわれており、ギネス認定もされた。実際に日付が書き込まれた作品も多い。また「ラス・メニーナス連作」に代表されるように、ひとつのモチーフを描き続けながら思考を記録し、次の作品を生み出すこともあったようだ。まさに日記的な画業だったといえる。


私が今回見たセラミックへの挑戦は1946年、ピカソ65歳の時だった。いくども作風や素材を変えていったピカソだが、その元には日記として蓄積された、日々の思考やひらめき、経験を記録する作品群があった。新しさは、即席では生まれないということだろう。


ヨックモックミュージアムから徒歩5分ほどの場所に、岡本太郎記念館がある。絵画のみならず、彫刻・建築・日用品まで、あらゆる手段で作品を作ることに挑戦した作家のアトリエで、展示が行われている。パリ留学中にピカソに出会い、尊敬とともに乗り越えるべき芸術家として意識していた岡本太郎。その作品を、ヨックモックミュージアムのピカソの作品とあわせて鑑賞するのも、発見のある時間になるだろう。


岡本太郎記念館にも、たくさんの顔がある。グラスの底に人の顔があってもいいじゃないか、という岡本太郎の言葉を思い出しつつ、鳥の胴に人の顔を描いたピカソの作品を思い浮かべていた。

会場・会期

ヨックモックミュージアム

・常設展示

2024年10月29日から2025年12月28日まで

・執筆者プロフィール

小笠原知子

横浜出身。西洋美術史専攻、学芸員資格あり。積極的に美術館や展覧会に足を運んでいます。作品を見てわかったことや感じたことを、自分の言葉で文章にして伝えたいと思い、批評に取り組んでいます。

 
 
 
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