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  • 執筆者の写真これぽーと

府中市美術館:かつての日常を思い出すために(岡田蘭子)

 府中市美術館もまた、新型コロナの影響で休館および展覧会スケジュールの変更を余儀なくされた。本来ならば、2020年5月23日から7月5日まで企画展「ここは武蔵野」の開催が予定されていたが、開催準備を十分に行えないことを理由として、やむなく中止となった。こうした状況のなかで、意図せずに常設展「東京近郊のんびり散歩」が企画展を超える作品数、およそ190点を展示する大型展となったことは不幸中の幸いというべきかもしれない。

 「東京近郊のんびり散歩」は、散歩という言葉が象徴するように、東京近郊に暮らしてきた人々の生活に結びついた美術作品を展示する。福島市出身の実業家・河野保雄(1936-2013年)から譲り受けた200点もの洋画を中心に府中市および多摩地域ゆかりの日本近現代美術作品を所蔵する府中市美術館ならではテーマといえるだろう。


 さて、本展はどんな展示だったのだろうか。大きな流れとしては、明治から現代にかけて、さまざまな作家が描いた風景の変遷を鑑賞者が追体験できるような構成となっていた。なかでも、私の印象に残ったのは、光線画で人気を博した浮世絵師・小林清親(1847-1915年)の版画と洋画家・鹿子木孟郎(1874-1941)の画塾・不同舎時代のスケッチである。

 小林の名所絵は、いわゆる「絶景」とは異なるものである。浅草寺歳の市の様子を描いた《浅草寺年乃市》(1881年)は、くすんで緑がかった深い夜空のもと、賑やかに光る提灯、屋台に群がる人びとのシルエットが浮かび上がる。まるで影絵のように、光(提灯)と影(群がる人びと)が対比され、空は抜けるように広い。絶景よりは身近な風景ゆえか、あるいは、お祭りの風景ゆえか、会社帰りに同僚とふらっと花園神社の前を通った際、美味しそうな匂いにつられて酉の市に並ぶ屋台に入ったときの記憶を思い出していた。


 本作を通して、私は自分自身の過去へと散歩しはじめたのだ。絶景が誰もが共有することができる美しきイメージだとすれば、小林の作品は、誰もが個人史にかかわる別々の出来事を想起することのできるイメージなのだ。私のように、自身の記憶と重ねながら見れば、それぞれに異なった景色が見えてくるのではないだろうか。


 鹿子木孟郎の画塾・不同舎時代のスケッチはどうだろうか。画塾とあるが、いまで言うところの「サロン」のような集まりのことを指している。同じ志のもとに集まった画家が描いた農村風景のスケッチや水彩画はどれも素晴らしかったが、なかでも鹿子木のスケッチは、雑念なく鑑賞できるデッサン力の高さもさることながら、人物が周囲の風景に溶け込んでいくかのような描写に目を惹かれた。それは今日の私たちが慣れ親しむ映像的な動き、すなわち「動画」を見ているような印象を与えるのだ。スケッチというよりも風景のクロッキーに近いだろう。木々や川、人の活動の一瞬を切り取っているにもかかわらず、そこには風景との間に交わされる動的な関係性が読み取れる。

 また同じ鹿子木の作品でも、《十条村民家台所》(1893年)と《北豊島郡田畑谷田橋》(1892年)は対照的である。田園地帯にある民家を描いた前者では、輪郭線のみの緩やかに引かれる線によって画中の人物が、そこにいてもなお一種の残像として感じられる。それは仕度中のせわしなさの表現でもあるだろう。対して、後者では、人物ははっきりとしたシルエットを伴って描かれており、それによって、かえって鑑賞者の視線は風景の方へと自然と向かっていく。とりわけ、川に映り込む木々の影が作り出す水面の反射は、きらきらと澄んでいる様子がよく伝わってくる。とすれば、鹿子木は画面全体のどこに鑑賞者の視線を持っていくのか、この誘導を人物のシルエットの描き分けによっても、うまく操作していると言えるかもしれない。


 いずれにしても、デッサン力が高い作家のスケッチや水彩画をこれだけまとめて見れるのは貴重な機会であろう。何より、私は線や陰影の入れ方ひとつで作家の腕力をみてとれる素描に個人的な好感を抱くとともに、鹿子木のさらなる細部を探求するために府中市美術館に通うことになりそうだ。


 これまで挙げてきた作品の多くが風景画と呼べるものであったことは興味深い。本展のほかの作品も日常のなにげない情景を描いたものが多かった。それゆえに時代が異なれど、懐かしさを覚える作品群であった。美術と生活の接点を探ろうとするとき、人は自然と自分たちと世界をつなぐ中間地点に位置する風景画にその萌芽を見つけだそうとするのだろう。


 わが身を振り返ってみれば、ついに一か月前までは外出することすら容易くなく、いまでは新しい生活様式なるものによって、かつての日常の風景はいとも簡単に忘れ去られつつあると感じている。かつての生活はどこへいってしまったのか。きっと風景が記憶している。


 なにげない日常を思い出すためにこそ、風景画が必要なのである。かつての生活を思い出すことと、風景画をみる行為は似ている。


 

府中市美術館「東京近郊のんびり散歩」展

会期:2020年6月2日から7月5日まで

 

・執筆者

岡田蘭子

1985年生まれ。女子美術大学大学院美術研究科修士課程修了。都内IT企業勤務。趣味は美術鑑賞。美術と生活の接点となる取り組みに関心があり、その一環として美術鑑賞を楽しむ人を増やす活動に賛助したい想いがあり、「これぽーと」に参画。


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