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  • 執筆者の写真これぽーと

東京国立近代美術館:2011年と2021年をつなぐ 所蔵作品展「MOMATコレクション」(Naomi)



 2021年4月23日午後。連日の報道で、翌々日の25日から東京都に緊急事態宣言が発出されることは決定的、あとは首相会見を待つばかりだった頃。仕事をどうにか切り上げ、慌てて竹橋の東京国立近代美術館へ走った。


 どうしても、MOMATコレクションが観たかったのである。


 MOMATコレクションは、東京国立近代美術館の13,000点を超える所蔵品から、だいたい2~3ヶ月ごと、季節や時勢に合わせたテーマや小特集のもとにセレクトされた約200点が展示される。ちょうど1ヶ月前、3月末にスタートした会期のみどころは、桜の季節に似合う名作たちの展示と、断続的に特集されてきた「東北を思う」の展示の振り返りだった。


 2011年4月28日午後。今から10年前の春も、私は東京国立近代美術館を訪れていた。当時勤めていた会社の同僚たちと、「生誕100年 岡本太郎展」を観るためだった。


 東日本大震災の直後で、館が想定していたよりも来館者数は少なかったかもしれない。会期終盤だったが、展示室内は思ったよりも空いていて、皆でこそこそと感想を言い合いながら展示室を巡った。

 本館前庭に設置されたカプセルトイを、何度も楽しんだ記憶もある。岡本の彫刻作品のミニチュアは、同僚たちと交換し合ってコンプリートした。今でも大切に部屋に飾ってある。しかし当時、所蔵品展は訪れていない。残念ながら当時の私は、興味すらなかった。


 最初の展示室の前に掲げられた解説パネルは「『東北を思う』を思う」と題されている。2011年5月から2014年にかけ、コレクション展のなかで3回行われた「東北を思う」を、部分的に再現展示したという。


 過去に行った展示を再現することは、他館から作品を借用して行われることの多い企画展では難しい場合が多い。所蔵品展ならではの取り組みだが、それでも稀な機会であろう。


 昔読んだ本や映画を、数年後に再び手に取り、当時と違った印象を持った経験は誰にでもあると思うが、ミュージアムの展示でそれを味わえるのは興味深い。また、私のように当時を知らなかった人には初見なので、出会うチャンスが増えたことになる。しかも、再現であっても、”2021年の視点”という切り口が新たに加わっている。常設展・所蔵品展を運営していくにあたって、過去の企画を定期的に振り返る展示がもっと行われても面白いのでは、と感じた。


 2011年5月、初回の「東北を思う」では、東北出身の作家やモデル、東北の風景を描いた絵画や彫刻など、39点が各展示室内に点在していたそうだ。今回も同様に展示され、キャプションの色で判別できるようになっていた。

 ここで、当時の解説パネルの文章を抜粋してご紹介したい。


「明治以降の美術家たちの出身地を調べると、日本画は京都を中心とする関西圏が、洋画は多数の先達を要する九州が、それぞれ多いことがわかります。

 その中で、萬 鉄五郎、関根 正二、松本 竣介、舟越 保武、佐藤 忠義といった、忘れがたい個性を持つ何人もの作家が東北から現れているのは、特筆すべきことです。

 また、萩原 守衛の恋した相馬 黒光、高村 光太郎の妻、智恵子など、幾人もの東北出身の人々が、日本近代美術史に残る重要な作品の制作にインスピレーションを与えました。

 福島県大沼郡出身の日本画家、酒井 三良は、郷里の風物を繰り返し描きました。東山 魁夷のように、その風景に心惹かれ、たびたび東北を訪れて制作を行った画家もいます。

 (中略)

今、美術館にできることは何なのか。東北という場を栄養源として、約100年のあいだに育まれた数々の作品が語りかけるものに耳を傾けながら、みなさまと一緒に考えて行きたいと願い、この特集を企画しました。」


 今回に限らず、私はMOMATコレクションの解説パネルやキャプションの文章を、アートに関する文章表現の教材として参考にしている。芸術史や宗教・哲学・文化などの知識教養を暗に前提とするような、である調の簡潔で専門的な説明になりすぎず、人名など読みにくい言葉に読み仮名をつけたり、ですます調の柔らかく平易な表現であったり、鑑賞者に少しでも伝わりやすいように考えられている、と感じるからだ。その姿勢が10年前も同様だったことを知れて、少し嬉しくなった。


 作品が展示室の主役であることは疑いようもないが、それらがなぜ今ここに展示されているのか、誰がいつどんな背景で作ったのか、静かに教えてくれる文章は、欠かせない名脇役である。特に常設展やコレクション展におけるそれらは、意識して観察していくと、館そのものの”個性”までも読み取れてくるので、ひと味違ったミュージアムの楽しみ方につながるだろう。


 もちろん、そもそもこれらの文章を一切読まなくても、充実した質の高いMOMATコレクションは十二分に楽しめる。むしろ、作品を観て感じた心の機微や、受けた印象から想像し自由に思いを巡らせることは、純粋でとても豊かだと思う。

楽しみ方は、人それぞれで良いのだ。いずれにせよ大切なのは、今この場を訪れて、展示を体感し、自分の中に”何か”を持ち帰ることなのだから。


 2014年の企画「地震のあとで―東北を思うⅢ」では、地震や津波、福島第一原子力発電所事故などを直接扱った7作品が、当時はじめて紹介されたという。


 そのうち、藤井 光《プロジェクト FUKUSHIMA!》(2013)と、Chim ↑ Pom《BLACK OF DEATH 2013》(2013)の映像2作品が、最後の展示室で鑑賞できた。また、2020年に新収蔵された、写真家・畠山 直哉の作品《tsunami trees》シリーズなども並んでいた。


 発災から10年目を、まさかコロナ禍に見舞われながら迎えることになろうとは。人影のない野原の風景写真も、密集して車座になった老若男女が至近距離でミュージシャンを囲み歌う映像も、震災へ思いを馳せるよりも前に、ついコロナ禍のフィルターをかけてしまう。この1年で変化した自分を実感した。


 今回のコレクション展の会期は、開幕前から大きな注目を集めていた企画展「あやしい絵展」と同じ日程だった。連動した展示もあり、館内が混雑するであろうことは分かっていたが、「あやしい絵展」で観たい作品が後期・4月20日からの展示だったため、コレクション展もそのタイミングに楽しむつもりでいた。


 この日はまだ、美術館・博物館が休業要請の対象になるのか不透明だったはず。コレクション展を観た後、夜間開館日で延長された閉館時間ぎりぎりまで、「あやしい絵展」を少し早足で巡った。仕事終わりに駆け込みで訪れた人、時間切れでコレクション展の鑑賞は諦めざるを得なかった人も少なくなかっただろう。


 次にここへ来られるのはいつになるのか。誰かを誘ってこそこそ話しながら一緒に展示を楽しむ日は再び来るのだろうか。今、自分にできることは何なのか。文化芸術は相変わらず不要不急なのか。この10年、自分は何をしていただろうか。いろんな想いを持ち帰りながら、心細くなるほど人気のない神保町を通り抜けていった。


 

会場・会期

東京国立近代美術館「MOMATコレクション」展

2021年3月23日から5月16日まで

 

・執筆者プロフィール

Naomi

静岡県出身。スターバックス、採用PR・企業広報、広告、モード系ファッション誌のWebディレクターなどを経て、アート&デザインライターに。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。大学の芸術学科と学芸員課程で学び直し中。(note: https://note.com/naomin_0506


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