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  • 執筆者の写真これぽーと

東広島市立美術館:自分を見つめなおすきっかけをくれた「時空の旅」(山本知恵)


東広島市立美術館外観


はじめに


2年前の2020年11月3日、私の地元である東広島において、東広島市立美術館がリニューアルオープンした。この美術館は、それまでは市の中心部からやや離れた場所にある古い建物で「知る人ぞ知る」という雰囲気であったと思う。


しかし、リニューアルにあたって東広島市役所の向かい側、東広島芸術文化ホールくららの隣という市のなかでももっとも華やかといえる場所へ移転し、誰もが知る東広島市のシンボルのひとつとして輝かしく生まれ変わった。今回は、わが街の自慢である東広島市立美術館のコレクション展を取り上げてみたい。


1.「近現代版画」のコレクションが非常に豊富な東広島市立美術館


東広島市立美術館ロビー 


東広島市立美術館は「近現代版画」「現代陶芸」「郷土ゆかり」を3本の柱として作品を収集している。なかでも近現代版画のコレクション数は近隣の美術館と比べてもまれに見る豊富さであり、全体の大部分を占める。


特にリニューアルにあたって購入された、スペインの巨匠ジョアン・ミロによる「最後の版画」シリーズは、東広島市立美術館の目玉作品である。リニューアル記念の特別展をはじめ、以降のコレクション展でも時折紹介し、積極的に活用しているそうだ。



2.コレクション展 第Ⅲ期 「旅におもいを馳せて」を見学して


第1章「旅する景色」の展示風景 


今回、私はコレクション展「旅におもいを馳せて」において「旅」にまつわるいくつかの作品を鑑賞した。本展は第1章「旅する景色」、第2章「時の旅」から構成され、同時開催の企画展「難波平人―世界集落、その魂を描く」に呼応する内容になっている。初めに記しておけば、タイトルにある「旅」とは文字通りどこかへ出かけるという意味以上の含みをもっている。例えば作品を通じて、時空を超える想像力の旅にでかけるというような意味である。


本展を担当された学芸員の大山真季さんは、旅というコンセプトについて、松尾芭蕉の『おくのほそ道』の序文から「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」という一節を挙げて説明している。大山さんの解説を聞きながら作品を鑑賞する機会を得たので、そのなかで私の心に残った作品をいくつか紹介したい。

川西英《古道具屋》1941年、紙・木版


この作品は、第1章「旅する景色」で展示されていた川西英(かわにしひで)の木版画《古道具屋》である。神戸にやってきた外国人たちが帰国前に売りに出した家財道具を描いている。ランプやバイオリンなど西洋的な物の中に混じって、中央には日本の羽子板のようなものも描かれておりおもしろい。

織田一磨《大阪風景(道頓堀)》1917年、紙・リトグラフ


こちらは同じく第1章に展示されていた、織田一磨(おだかずま)のリトグラフ《大阪風景(道頓堀)》である。織田は、版画を複製技術としてではなく一つの芸術とみなして自画、自刻、自摺を掲げた「創作版画運動」に参加した一人として知られている。川西と同様に当時の街並みや風俗をモチーフにし、画面中央から左にかけて描かれた「パウリスタ」という文字が目を引くが、これは当時の代表的なカフェの名前であり「サンパウロの人」「サンパウロっ子」などという意味があるそうだ。


第2章「時の旅」の展示風景 


第2章では、写真中央の作品と奥の2点の作品(壁に展示されている左から2番目と3番目)がリンクしているのが、鑑賞者の想像力をかき立てる手助けをしていた。奥の作品は髙原洋一のシルクスクリーンで、いずれも画面中心に備前焼を配置している。中央の作品は山本出(やまもといずる)の作品で、備前の土とフランス東部ブルゴーニュの土を混ぜ合わせてつくられた焼締陶(やきしめとう。釉薬を用いずに高温で焼いた陶器)である。


髙原は四大元素「風」「水」「土」「火」に魅了され、それら四つの要素をあわせ持つ「備前焼」を作品の中心に据えた。備前焼を通して大地に刻み込まれた時空の痕跡を表現しているのだそうだ。


「旅におもいを馳せて」展を通して、私はフランス、イタリア、スイスなどの美しい風景を楽しみ、日本の古き良き時代の庶民の生活をのぞくことができた。そして時の移ろいに思いを巡らせて、自然、文明といった大きな存在の中で今ここに立っている自分を再認識することができたように思う。


ちなみに私は地元広島で昭和から平成にかけて活躍した日本画家、其阿弥赫土(ごあみかくど)の作品がとても好きなのだが、本展ではこれまで見たことのなかった《ベルンの丘》(制作年不詳)という輝くような美しい作品を鑑賞することができた。広島県呉市の蘭島閣美術館で其阿弥の描く幽玄な日本画を鑑賞して以来、彼の作品をまた観たいと思っていた私は大変うれしく鑑賞させてもらった。


ただ、東広島市立美術館のコレクションの一つである瑛九(えいきゅう)のリトグラフ《旅人》(1957年)は今回は出ていなかったので、少し残念だった。今年4月から6月にかけて開催されたコレクション展「あこがれの先に」には展示されていたそうだ。


3.「近現代版画」の魅力


版画には小学校の授業でも取り組む木版画のほか、石版画(リトグラフ)、銅版画、シルクスクリーンなどのさまざまな技法がある。それぞれの技法を究め、また場合によっては組み合わせることで、力強さ、繊細さ、リアルさなどの魅力が引き出されていく。近現代版画のコレクションが豊富な東広島市立美術館を訪れると、そうしたさまざまな特徴をもつ版画の名品に出会うことができる。


かつて日本の浮世絵(木版画)はゴッホやピカソにも影響を与え、西洋で高く評価された。その後、国内では創作版画運動や新版画運動などがおこり、版画が単なる複製技術ではなく、美術における一つのジャンルとして確立した。一方で、日本の近現代版画が戦後の国際的な展覧会、サンパウロ・ビエンナーレやリュブリャナ国際版画ビエンナーレ等で受賞を重ね、高い評価を受けているということは知らない人も多いかもしれない。


「旅におもいを馳せて」展では、山本鼎(やまもとかなえ)の木版画《ブルターニュの入江》(1918年)や川瀬巴水(かわせはすい)の木版画《東京十二題「大根がし」》(1920年)が展示されていた。山本は言わずと知れた創作版画運動の旗手であり「版画」という言葉を作ったとも言われる、近代版画における重要人物のひとりである。また川瀬は浮世絵の復興を図った新版画運動の旗手である。互いに立場は異なれど、彼らの版画を通じて、私は日本の近代版画の始まりの息吹を感じとることができた。


実は、東広島市立美術館のように版画がコレクションの柱となっている美術館は珍しい。東広島市立美術館は、多くの名品や歴史的に意義のある作品を通して近現代版画の魅力を世に伝えるべく、今後も重要な役割を果たしていくだろう。


おわりに

東広島市立美術館2階の窓から見た東広島芸術文化ホールくらら 


市の中心部に移転した東広島市立美術館は、現在多くの市民に親しまれており、2022年の3月25日には来館者が累計10万人を超えた。まだまだ交通手段を車に頼る人の多い東広島市だが、最寄りの「西条岡町駐車場」に車を停めれば、東広島市立美術館へも隣にある東広島芸術文化ホールくららへも、歩いてすぐである。


美術館で作品鑑賞を楽しんだ後は、東広島芸術文化ホールくららにあるカフェ「KURARA Cafe ソラオト」で軽食を楽しむ人も多い。また、くららで行われるコンサートやイベントに合わせて、その前後で美術館へ足を運ぶ人もいる。


私が思うに、美術と音楽はひとつながりの芸術だ。美術作品から音楽作品が連想されることはよくあることで、逆もまたしかりである。これから東広島市立美術館と東広島芸術文化ホールくららがより一層親密につながり合うことで、美術と音楽が互いに刺激し合うような新たな取り組みも生まれるかもしれない。


学芸員の大山さんによると、東広島市立美術館は今後もさまざまな展覧会のコンセプトに合わせて、近現代版画に限らず現代陶芸や郷土ゆかりの作家の作品などを中心に幅広く収集していくそうだ。東広島の芸術・文化の発信地として、人々の人生をより豊かに彩っていく地元市民自慢の美術館として、これからの東広島市立美術館の活躍におおいに期待したい。


謝辞:本展覧会の執筆にあたって、東広島市立美術館学芸員の大山真季様にお世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。


※会場内の写真については、美術館に許可を取ったうえで筆者が撮影を行っています。


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会場・会期

2022年10月12日から12月4日


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執筆者プロフィール

山本知恵

1983年生まれ。広島女学院大学文学部人間・社会文化学科にて学芸員の資格を取得。現在は美術・音楽の垣根を超えて芸術にまつわる記事を執筆するライターとして活動している。

連絡先:webwriter.c.yamamoto@gmail.com、本人ツイッターはこちら


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