横浜美術館:美術館は種を蒔く-横浜美術館「戦後80年特集展示『平和であることへの、控えめななにごとかを』」に寄せて(星 恵美子)
- これぽーと

- 1 日前
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「平和」の対義語って、なんだろう。
ふと、そんなことが気になって調べたことがある。平和の対義語は「戦争」。ネットを通じて複数の辞書を見てみたが一般的にはそう説明される。もう少し掘り下げると平和とは「やすらかにやわらぐこと。穏やかで変わりのないこと」(広辞苑)という意味があるので、急激に変化することや大きな出来事に世間が揺り動かされることが「平和の反対」ということになりそうだが、それが「戦争」という一言に集約されるとはややそっけない。
2025年は全国の美術館で「戦後80年」を冠した展覧会が開催された。実際鑑賞した展覧会も複数ある。東京国立近代美術館で開催された「コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ」、東京都写真美術館の「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」、東京都現代美術館のコレクション展「9つのプロフィール1935→2025」。いずれも素晴らしい展示だった。私自身も戦時の日本人の姿に衝撃を受け、当時の暮らしに心を寄せた。
しかし、そのような感想で終わってよいのだろうか、と何かが腑に落ちない感覚をも同時に抱えることになった。腑に落ちないのは私自身が第二次世界大戦を自分事としてイメージできないからだろう。80年はあまりに長い。
戦争の忘却は果たして悪いことなのだろうか、という問いが頭に浮かぶ。
「忘れるな」と突きつけられると、それはかつて侵略者であった日本人に対するものなのかと身構える。記憶し続けるということはその場に足をとどめることにならないか。これらの展覧会は私たちの中に何を呼び起こそうとしていたのだろうか。
私たちは忘れてはならないのだろうか。記憶にない、遠い過去の話を。
横浜美術館で開催された「戦後80年特集展示『平和であることへの、控えめななにごとかを』」は、「戦後80年」と謳ってはいるが、他の美術館の「戦後80年」に比べて異色であるように感じた。
本展の構成は以下の通りだ。
プロローグ 争いの時代が生んだフォト・ジャーナリズム
第一章 アーティストたちの抵抗-ダダ、シュルレアリスムの誕生
第二章 戦中の日本-瀧口修造と美術文化協会
第三章 忘れないために-戦地に行った画家
第四章 核とともにある世界
第五章エピローグ 平和であることへの、控えめななにごとかを
会場の最初の説明書きにこうあった。
「この展示では、争いの時代を生きるアーティストたちが、いかに戦争や社会と向き合い、不平等や暴力に抗う表現を生み出してきたのかをたどります。」
その日、横浜美術館を訪れたのは、まず「佐藤雅彦展」を見るためだった。耳から離れないCMソングの数々。子供と見たEテレの思い出。それらに加えて佐藤雅彦の教育者としての一面も垣間見られて、大変満足度の高い展示だった。その満足度のまま帰ってもいいと思ったが、「まあ、せっかくだし」とコレクション展に足を進めた。実際、佐藤展を出るとそのままコレクション展の受付につながるような作りになっている。あえて出口に向かって階段を下りる人は少ないように見受けられた。
中に進むと、文字のみの情報としてコレクション展についての説明。この時点では会場内の作品は目に入らない。目線を右に動かすと最初に写真が目に飛び込んでくる。プロローグは丸ごとロバート・キャパの戦争をとらえた写真作品だった。第一番目の作品として展示されていたのは「崩れ落ちる兵士」の名で知られる《共和国軍兵士、コルドバ戦線、スペイン》(1936)。あまりにも有名なこの作品をプリントで見たのははじめてのように思う。逆に言い換えればそれぐらい印刷物では繰り返し見たことのある作品だ。人によって解釈に幅のある抽象画ではなく、何が映っているかが明らかである写真。佐藤展を見ている時とは鑑賞する際の心持が、スッと切り替わった。今回のコレクション展ではこのような目線の誘導が秀逸だったように思う。
続いて第一章は、第一次世界大戦中の美術活動について、ダダやシュルレアリスムを取り上げていた。私が異色だと感じたのはここにある。
「戦後80年」と言えば当然日本の第二次世界大戦終戦後の80年を指す、と思い、日本の作品が中心になるだろうと予想していた。が、対して第一次世界大戦を経験した西洋の作家を序盤に取り上げる構成が意外で驚いた。確かに戦争は日本だけで起きていたことではないから、別の戦後がいくつも存在する。戦争を描いた作品を展示することではなく、その作家の制作背景への言及があることで、知っていた作品の別の側面が見えてくる。例えば、私はジョルジュ・ブラックが兵役についていたとは知らなかった。横浜美術館のコレクションとして名高いシュルレアリスムの作品を「戦争」というキーワードと結び付けて展示したことはこれまであったのだろうか。展示ではその中に今年アーティゾン美術館の企画展で話題になったジャン・アルプの作品を挟むなど、コレクション展となれば何度でも展示されるような名品も並ぶ。見て楽しい作品で観客に興味を持たせる配置は「上手い」と感じた。

第二章では瀧口修造を取り上げ、海外のダダから日本のシュルレアリスムへ移行する展示の流れが自然に感じた。瀧口修造、福沢一郎の名前が出てくることで、彼らの逮捕が想起され、暗鬱たる時代背景を思わざるを得ないところに、展示作品も暗い色合いの作品が増えていく。
しかしこうした暗い色調の作品が並ぶ中に赤と青の原色を使用した作品が目立って見える。斎藤義重《トロウッド》だ。作品の制作年が1938(1939)/1973と二つ並んでいることに気づく。斎藤の戦前の作品は空襲で焼け、ほとんど残っていない。新しい制作年は再制作時を示す。たとえ戦地に赴いていなくとも、当時作家活動を行っていればこのように戦争の影響を受けるのだ。また同時に、生き延びた者の制作への意欲を感じ取ることもでき、戦中から戦後の暮らしの変化に思いを馳せた。
終盤に近付くにつれ、明らかに会場から色がなくなった。展覧会の章立てとともに、作品の制作年が戦後から米ソ冷戦時代へと移り変わっていく。白と黒の世界は焼け野原、いや、雲の上かもしれない。
最終章は新収蔵でもある戸村浩の「星・星の数」。80㎝×120㎝の画面の中に小さな星型が整然と並んだだけの作品が10枚、狭く仕切られたコーナーをぐるっと囲む。展覧会タイトルにある「平和であることへの、控えめななにごとかを」はこの戸村の言葉だ。星型が画面全体に並ぶだけの作品はそれだけではとっつきにくい。しかし、キャプションによるとこの星は死者のシンボルとのことだ。戸村は家族とともに戦争を生き延びた。ひどい体験を生き抜いたものは死者に対してトラウマを抱えるという。それでも生きていかなければならない。その生き方を表したのが「控えめななにごとかを」ということか。

コレクション展では「戦後80年特集」を題した展示以外に「アーティストとひらく 戸田沙也加展」「奈良原一高 Blue Yokohama」ダリ、セザンヌ、奈良美智を展示した「ハイライト」という計四つの展覧会が展開されていた。
戸田展においては広島の焼け跡に咲いたカンナの花に言及し、奈良原展では在日米軍の住宅地で撮影された写真を取り上げ、やはりここでも戦争の影は色濃い。
最後の部屋「ハイライト」で、私には奈良美智の作品《春少女》(2012)がとても印象的だった。奈良は昨年ワコウ・ワークス・オブ・アートで開催されたパレスチナ問題を考察する展覧会「If I must die, you must live」にも参加していた。戦争や迫害に対して敏感な作家だ。《春少女》の少女の瞳は未来への希望で輝いているようにも悲しみで濡れているようにも見える。一見して何を考えているか分からない。誰かと一緒に鑑賞したとして、おそらく感想が揃うことはないだろう。
「ハイライト」は横浜美術館を代表するような人気の高い作品が集められていたが、「戦後80年特集」の文脈内におさめて一つの展覧会とすることも可能だっただろう。四つの展覧会を一つ一つ独立した展覧会として見ることもできるが、順に巡ることで複層的に戦争や戦後を捉えることができる。ダリや奈良を時代の流れとは切り離して見ることによって、どうにも処理できない複雑な思考が頭を巡る。一言でいえば「もやもや」だ。この「もやもや」を持ち帰ってほしいゆえの展覧会全体の構成だったように思えてくる。
冒頭の説明にあった「争いの時代を生きるアーティスト」とは一つの時代の特定のアーティスト集団を指し示すものではなかった。奈良に代表されるように現代の、様々な国に生きるアーティストも同様に争いの時代を生きるアーティストだ。
今年、複数の美術館が「戦後80年」を特集したことはそれぞれの学芸員によって思惑も違うだろうが、横浜美術館の特集でのそれは、昔のことを知ってほしいということではなく、今も世界のどこかで起きていることに思いを寄せてほしい、という願いのようなものだっただろうか。
「ハイライト」まで見終わって下の階を見下ろすと、リニューアル後フリースペースとなったグランドギャラリーにたくさんの親子連れの姿が見えた。先ほどまで見ていたコレクション展のことを思うと、その光景はなんだか眩しい。
「じゆうエリア」と名付けられた空間は、ピンクベージュを中心とした什器が置かれ、元々重厚な石造りの建築にやさしさが添えられ、子供たちものびのびと過ごしている。
横浜美術館の現在開催中の企画展は日韓の交流をテーマにしたものだ。「それはまた複雑そうな…」と多少尻込みする気持ちもあるが、この夏見てきた展覧会と合わせて考えれば、また新たな戦後像が見えてくるかもしれない。
「平和であることへの、控えめななにごとかを」
この言葉は横浜美術館の宣言でもあるのだろう。子供たちの歓声を聞きながらそんなことを考えていた。
会場・会期
横浜美術館
2025年6月28日から11月3日まで
・執筆者プロフィール
星 恵美子
アート好きの会社員。いくつかの美術館ボランティアを経て、現在は横浜・黄金町でガイ
ドなどを行う。元々はダンス・演劇好きで、勅使河原三郎に会えるのでは、と2008年の横浜トリエンナーレのボランティアに参加したのが美術鑑賞のきっかけ。そこで現代アートの魅力を知り、どこをどう間違えたか、今では埴輪からメディアアートまで幅広いジャンルを鑑賞するオールラウンドプレーヤーに。




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