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  • 執筆者の写真これぽーと

石川県輪島漆芸美術館:漆器をより身近に感じてもらうには(岡田蘭子)

岡田蘭子さんは女子美術大学大学院を修了後、現在はIT企業に勤めて、広告を中心にマーケティング全般のお仕事されています。今回は2度目の執筆になります。展示室を水族館に見立てるという、子供も大人も楽しい石川県輪島漆芸美術の展覧会をレビューしていただきました。(南島)

 

石川県に漆芸専門の美術館があるのを知っていますか。JR金沢駅から北鉄奥能登バスで約2時間。能登半島の日本海側、輪島にあるその美術館を。


 「石川県輪島漆芸美術館」という館名からして、古く希少な漆器ばかりを集めた美術館を想像されるかもれない。けれど、そんなことはない。7月11日から9月14日まで開催していた展覧会は「うるしの水族館 漆芸品にみる水の生きもの」といって、展示室を水族館に見立て、日本海に面し、河川を有する輪島に生息する生物や水辺の情景を描いた作品を見ることができた。漆芸に明るくない方でも、水の生き物を通して、漆器の特徴を知り、愉しめる、そんな門戸の開かれた美術館なのだから。


 本展の中で、生きものの質感や躍動感を漆芸技法を用いて表現した繊細な作品など、当館の所蔵する漆器が名品であることはもちろんだが、個人的にもっとも感心したのはその展示方法である。本稿では、来館時の印象をもとに漆芸美術館の展示方法がどのような効果を発揮していたのか記していきたい。


 次の図は、筆者の展示メモより再現した展示の配置図である。

※筆者の展示メモより再現した展示図のため、実際の展示とは異なる部分もございます。


 展示室に入って右側(①)には本展の「あいさつ」が書かれており、基本的には入口から反時計まわりに見てまわる流れになっている。作品はガラスケース内に展示され、中央4つのブースは4面ガラス貼り、周囲を囲う展示ケースは壁と一体になっていたり、床置きケースを上から見るように配置されていた。展示室の大きさは、小学校の多目的室でいうと2室分くらいだろう。お世辞にも広いとは言えない。しかし、敢えて広くない空間で解説パネルをうまく使うことにより、自然と作品に集中させる展示環境になっていた。

 漆芸品の多くは、生活に用いるために作られる。そのため、油絵や彫刻などの美術作品と比べると、小さいものが多い。それ故、油絵や彫刻などの美術作品の展示を行う、高さも広さもある空間での展示室では、漆芸品はどうしても小さい印象を受ける。しかし、そこは漆芸専門の美術館である。敢えて、展示室を高くない広くない空間にすることで、漆芸品に小さい印象を与えない造りになっていた。


 展示室に入って、はじめに目に入ったのは、中央の展示ケースの背面に取りつけられた解説パネル(②〜⑤)である。展示ケースの一面を覆うほどの大きなパネルは、ひときわ目を引き、鑑賞者の意識を展示空間から作品へ、自然な視覚誘導を早々に成功させている。工夫はそれだけでない。漆芸品は小さいものが多いがゆえに、高さのあるガラスケースに作品を入れると、上部のなにもない空間が気になってしまう。しかし、パネルでガラスケースの余白を埋めることで、なにもない空間への意識を取り除き、作品への小さい印象を緩和させていた。


 その後の視覚誘導にも、作品に集中させるための工夫を感じた。パネルには、沈金などの漆芸技法の解説が書かれており、ケース内にはその技法を用いた作品が並んでいる。解説をさらに読み進めると、同じ技法でも表現方法(意匠)の異なる作品が並んでいることが理解できる。その表現が用いられている部分のアップ写真も載っているため、解説文と照らし合わせながらより詳しく作品を見たくなるように設計されていた。


 ほかにも、解説バナー(⑥〜⑫)が空間に統一感を出していた。中央の展示ケースや壁と一体になっている展示ケース、床置きケースはそれぞれ高さも異なり、ケース内の作品を見終わるごとに作品への意識が断絶しやすい環境だった。しかし、展示ケースとケースの間にバナーを置いて目線を揃えることで、展示室内を緩やかに流れるように観て回れた。


 また、美術館のエントランスホールでは、本展のテーマ「水族館」と連動するように、「夏休みにチャレンジ『みんなでつくる おえかき水族館』」展が開催されていたため、子どもの絵を見にきた家族連れが本展も見るという流れも起きていた。となると、必然的に展示室のなかは一方通行ではなく、子どもの関心が赴くままに自由に作品を見る空間が求められていたのではないか。そうであるならば、行きつつ戻りつつの展示鑑賞になっても良いように、解説パネルとバナーには目印としての役割もあったのかもしれない。実際に私が本展を見たときも、小学校の低学年と中学年くらいの姉妹がいた。その姿はまるで、水槽のなかをスイスイと泳ぐ魚のように、自らの意思で展示室内を見てまわっているようだった。


 同時開催されていた展示からも分かるように、本展は、鑑賞者が自らの意思によって自由に動くことを想定しながら展示を作った様子が伺えた。なぜそんな展示ができたのか。美術館のテーマである、より身近に漆を感じてもらいたい、そんな思いがあったからではないか。生活様式の変化により、静かに日々の暮らしから漆器が離れつつある。強く言えば、必ずしも必要とされない物を身近に取り入れて欲しいと思った場合、まるで生活をしているかのように自らの意思で鑑賞できる環境をつくることが、身近で親しみのあるアプローチの近道なのではないだろうか。

 

石川県輪島漆芸美術館「うるしの水族館 漆芸品にみる水の生きもの」展

会期:2020年7月15日から9月14日まで

 

・執筆者

岡田蘭子

1985年生まれ。女子美術大学大学院美術研究科修士課程修了。都内IT企業勤務。趣味は美術鑑賞。美術と生活の接点となる取り組みに関心があり、その一環として美術鑑賞を楽しむ人を増やす活動に賛助したい想いがあり、「これぽーと」に参画。


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