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練馬区立美術館:若林奮という体験(八日)

執筆者の写真: これぽーと
これぽーと
9 時間前
読了時間: 3分

練馬区立美術館

2026年7月25日から10月18日まで

八日

美術はもっぱら見るだけでしたが、感想をまとめられるようになりたいと思い、講座に申し込みました。最近は現代アートに興味しんしんです。

 黒い物体を前に、茫然としていた。私は何を見たのだろうか。展覧会をぐるりと見渡して、もう一度、黒い鉄の塊に目を戻す。それは若林奮の《Run and Rest》という彫刻作品である。台形の柱が2本、その斜辺を向かい合わせる形で横倒しにされている。それらが展覧会に入ってすぐの所にどーんと横たわっている。まるで真っ黒な鉄の渓谷である。


 最初に見た時は、うわ、と思うとともに、なにこれ・・・という、疑問というか、軽い拒絶反応というか、を覚えた。若林という彫刻家は私にとっては難解で、何をどうしたらその作品が生み出されるのか、解説やキャプションを読んでも正直理解できたためしはない。作品を見ても、考えることも見ることもすぐに止めてしまうことの方が多い作家だ。本作も、白い空間に黒い鉄という見た目上の迫力はあるが、脳内はクエスチョンマークだらけ。さらにこの黒い鉄塊をぐるりと囲むように展示されているドローイングも線や四角ばかり。言葉を選ばずに言うと、落書きのようなものばかりなのだ。例えば、画面中央の消失点から手前方向にだんだん縦線を長くして「リボン」のような形を描き、その上を雲のようにモヤっと塗ったもの。これが五つほど、線の場所や形状を微妙に変えながら続く。その次は四角が現れる。長方形を二つ「門」のように相対させたものや、縁が太い口の字型の正方形や長方形を描いたもの。特に「門」のように四角形を二つ並べているものは、いくつかバリエーションを持たせて描いている。これらはいったい何なのだろうか。頭を抱えてしまった。


 しかし、二度、三度としつこく見ていると、ふと、これらは土手のスケッチをデフォルメしたものではないか、と気づいた。それは入口すぐに飾られている、どこかの川の土手らしき斜面を線だけで簡単になぞったような絵だ。この壁一面のドローイングは、そのデフォルメではないかと気づいたのだ。例えば「リボン」の連作では、線で土手を解体しているように思える。何本も並べられた線は面積を持つ一群になり、面となる。線は面へと移行し、四角形の「門」の一群へと展開する。四角形は、長方形、台形、口の字型等のバリエーションをとりながら、最後は奥行きを持った立方体へと変化していく。そして最後に《Run and Rest》がある。


 土手を、線で解体し面で再構築しながら、若林はその形を様々に変化させていく。ドローイングからはこんな形はどうか、いやこっちか、と造形に対する様々な思考を試していることがうかがえる。だとすれば、私が見てきたドローイングとは、土手に端を発して《Run and Rest》に至るまでの若林の思考の過程そのものなのではないか。これらの思考の先に、つまりその結果として、黒い鉄の台形柱がある。裏を返せば、私はその結果だけをみて、謎めいている物体だと感じていたのかもしれない。


 ドローイングは、いわば若林の造形の思考がうごめく脳内で、立体はその具現化である。この関係に気付いたとき、展示を見ている私は今、若林の思考を体験しているのかもしれないと思い、鳥肌が立った。私はこれまで若林の作品を、結果の側からしか見てこなかったのだろう。これほどの過程があることに思い至らなかったのだ。であれば、いくら解説を読んだところで分かりようもない。思考の過程を想像することで初めて彼の制作のダイナミズムに触れられた気がした。とはいえ私はここで若林の思考をありありと追体験しているのだと思うと、黒い物体を前にして、再び茫然とするしかなかった。


 
 
 

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